皮膚吸収
健康障害予防研究部長 鶴田 寛
化学物質の作業環境濃度が十分に制御されていても、作業者での化学物質の体内摂取量が増大する場合があります。その大きな原因の一つが皮膚からの侵入による摂取です。特に、洗浄、塗装、印刷などの作業環境において使用される有機溶剤の場合に生じます。当研究所では有機溶剤の皮膚吸収に関する総合的な研究を行ってきましたので、その一端を紹介します。
(1)皮膚吸収量の数量化
皮膚からの吸収量は皮膚の暴露面積と暴露時間により変動しますので、皮膚吸収量の数量化が必要です。そこで、定量的な皮膚吸収測定法の開発と皮膚吸収量の数量化が検討されました。In
Vitro法では動物から摘出した皮膚を拡散セルに張り付けて皮膚透過量を測定する拡散セル装置を開発し、溶剤の皮膚透過量を測定しました。その結果、疎水性溶剤類では水に対する溶解度が皮膚透過速度と非常に良い相関を示し、脂肪族炭化水素類、芳香族炭化水素類、ハロゲン化溶剤類の順に皮膚透過速度が大きくなる事を明らかにしました。
また、In Vivo法では麻酔したマウスを用いる皮膚吸収量の数量化法を考案し、ヒトにおける皮膚吸収量の予測を検討しました。この方法により作業環境中で液状および蒸気状の溶剤を使用した場合での体内摂取量に占める皮膚吸収量の割合を数量化しました。例えば、溶剤蒸気に暴露された時の皮膚吸収量は溶剤の種類により異なりますが、呼吸器からの吸収量の5〜11%に相当する事が予測されました。また、シンナーの様な混合溶剤の皮膚吸収に関してはトルエンの皮膚吸収に及ぼす種々の溶媒の影響を検討し、皮膚吸収を強力に促進する溶媒としてメタノールを発見しました。その作用は混合比50%近辺で最大となり、トルエンの皮膚吸収速度は4.7倍も増大しました。
(2)皮膚吸収における人種差
パリ第11大学薬学部と皮膚吸収の人種差に関する共同研究を行いました。その結果、日本人が最も皮膚吸収性が良く、次いで、白人、黒人の順となり、日本人と黒人では約2倍の吸収差があり、この人種差は水溶性化合物の方が脂溶性化合物より大きく、湿度の影響はほとんど無いが、温度は高くなる程大きくなりました。更に、この人種差の大きな要因は皮膚の最外層である角質層の厚さであることを角質層除去法により明らかにしました。
(3)皮膚摂取量に基づく有害性皮膚吸収物質の評価
液状の溶剤が皮膚に直接接触した場合の皮膚吸収による有害性評価は皮膚吸収量に皮膚吸着量を加算した皮膚摂取量を用いて行う必要性を皮膚吸収量と皮膚吸着量の比較から明らかにしました。そして、皮膚摂取量の測定法としてヘアレスマウスを用いた角質層除去による溶剤の皮膚摂取量測定法を開発しました。この手法は米国労働安全衛生研究所で開発されたラジオアイソトープを使用する方法に比べて、危険性がなく、安価で簡便な方法です。この方法を用いて使用頻度の高い溶剤類の皮膚吸収による有害性を評価した結果、かなりの溶剤が有害性皮膚吸収物質に相当するとの予測がなされました。
このように溶剤は液状あるいは蒸気状で容易に皮膚から吸収されますので、液状溶剤の取扱作業や高濃度溶剤蒸気でのマスク着用作業などでは、生物学的モニタリングを活用して、それら溶剤の体内摂取量を把握し、皮膚吸収による健康障害予防に資する必要があります。
|