電磁場の生体影響に関する研究
産業医学総合研究所 城内 博
電磁場は玩具、調理器、暖房器具から、医療機器、工業用設備、通信放送設備さらに兵器にいたるまで、ありとあらゆる分野で利用されています。近年の電磁場利用の増加は直接人々の生活を便利で快適なものにしましたが、一方で電磁場が持つ生体影響について懸念する声もまた大きくなってきました。
電磁場、電磁波、電波
電磁場は電場と磁場が密接に絡み合ったもので、これらの関係はマックスウェルの電磁方程式によってあらわされています。X線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、ラジオ波、低周波、超低周波など、電磁場もその周波数帯によっていろいろな呼び方があります。ちなみに電磁波という言葉は、電磁場を波として観察できる場合に使用します。つまり電磁場の波源から波長の2から3倍くらい離れた場所でこれを観察する場合に使用している言葉です。例えばFM放送で使用している波長は数mですから、波源すなわち電波塔からの距離を考えた場合、ラジオを聞いている場所では、この電磁場は電磁波と言えます。ところが私たちが日常生活で使用している電気の周波数は50/60Hz(ヘルツ)ですから、これから出る電磁場の波長は5000km〜6000kmにもなり、地球上でこれを電磁波として観察するのは困難になります。こういう場合は電磁場といいます。また、電波と言うのは3000GHz(G:ギガ 109)以下の電磁波の総称です。(空気中での電磁波速度は光速と同じで C = 3.0x108 m/s。[電磁波の速度]=[波長]X[周波数]の式から波長あるいは周波数を求めます。周波数が大きくなると波長は短くなり、周波数が小さければ波長は大きくなります。)
電磁場の生体影響
電磁場の生体影響もその周波数によって異なります。エネルギーの大きなX線やある種の紫外線に発癌性がある事は周知の通りです。マイクロ波やラジオ波ではそのエネルギーが大きいと発熱作用や生体内に誘起される電流による刺激作用などがありますが、一般環境では心配する必要はありません。
また日常私たちが使用している電気(50/60Hz)から漏洩する電磁場の生体作用も、主として体内に誘起される電流によるものと考えられています。このような周波数の小さな超低周波電磁場においては、電磁場を一つの波として捉えられなくり、電場と磁場を別々に考えなければなりません。そして現在、超低周波電磁場の生体影響については、電場よりむしろ磁場の作用の可能性がいろいろ考えられています。これは電流があれば必ずそこから磁場が発生し、磁場により体内に電流が誘起され、それが生体に影響をあたえる可能性があるからです。電場と磁場は切り離せないものですが、超低周波電場の作用は無視できると考えられています。磁場の単位はT(テスラ)あるいはG(ガウス)を用います(1T = 10000 G )。
防護指針の考え方
いろいろな国あるいは国際的機関が人々の健康を守る観点から、おのおのの周波数帯の電磁場に対してそれぞれ防護指針を出しています。日本の郵政省も「電波防護指針」(10KHzから300GHzまで)を出しています。超低周波電磁場(30Hzから300Hzまで)に関しては日本では防護指針はありません。電波や超低周波電磁場の防護指針における設定値は、おもに電磁場の発熱作用あるいは電流刺激作用を考えて決められています。つまり安全対策のような考え方です。
ところが近年、電波や超低周波電磁場が癌などの病気の原因になりうる可能性を示唆した研究結果がいくつか発表され、従来の防護指針の根拠に一石を投じました。これは高圧送電線下では小児白血病が多く発生するという1979年の疫学的調査に端を発しています。50/60Hzの磁場に対する防護指針(国際放射線防護委員会1990)では一般の人々に対する磁場強度が0.1mT(ミリテスラ)以下になるよう決められていますが、この値はある疫学調査の結果で癌などの発生率が多くなると言われている磁場強度の500倍にもなります。つまり電磁場により癌などの病気が起こるとすれば、従来の防護指針を考え直さなくてはならなくなります。ところが、多くの研究が成されてきたにもかかわらず電磁場がこのような病気の原因となりうるかどうかについてはいまだ不明です。また電磁場の生体影響に関するリスクは、従来発癌性などが問題になった化学物質などに比べると、かなり小さいであろうといわれています。とにかく現在の防護指針をどのように捉えて発展させていくかは、今後の研究結果と社会的な同意(利便性とリスクに対する考え方の歩み寄り)に依っています。
産業医学総合研究所での研究結果
前述のように、電磁場の使用は今後ますます増加するでしょう。電磁場の生体影響に関する社会的な関心も次第に大きくなってきたように思います。このような状況で各省庁が電磁場の生体影響の解明に向けてさまざまなプロジェクトを発足させています。
ここでは、労働省産業医学総合研究所で現在までに行ってきた実験研究の成果ついて概説します。
私たちの研究所では、1991年から1996年まで超低周波磁場の生体影響に関する研究を細胞レベルで行ってきました。概要を次に示します。
- ・ 超低周波磁場曝露細胞培養装置の開発
- 磁場の曝露装置で大切な点は、磁場の曝露(照射)の強さを正確に制御し計測できる事、コイルから発生する熱を制御しその影響を無視できるようにすることです。そこで私たちはこれらをうまく制御できる曝露装置をまず開発しました。発生磁場の周波数は100Hzまで、強度は1mTから100mTまで可能です。この装置により細胞を磁場に曝露しながら長期に培養する事が可能になりました。
- ・ 超低周波磁場の姉妹染色分体交換の頻度に対する影響
- 姉妹染色分体交換というのは、遺伝情報を持つ染色体に起こる異常の一つで、これの頻度は化学物質など有害因子の発癌性を調べる際に用いられます。癌細胞に磁場を曝露してこの姉妹染色分体交換の頻度を観察した結果、磁場の影響は観察されませんでした。これは磁場が染色体に直接傷害を与える事はないであろうという他の研究者と一致した結論です。
- ・ 超低周波磁場の細胞質遊離カルシウムイオン濃度に対する影響
- カルシウムイオンは細胞の活動に重要な役割を演じていますが、ある種の細胞でこのカルシウムイオン濃度が磁場により変動するという報告が以前なされました。しかし私たちの行った実験ではこれを確かめる事ができませんでした。
- ・ 超低周波磁場がヒト末梢血単核細胞に与える影響
- 正常なヒトの単核細胞(リンパ球および単球)に与える影響を、その生存率、細胞膜の形態学的変化、サイトカインの産生から観察しました。磁場の周波数は50Hz、強度は1mTから30mTです。
生存率および細胞膜の形態学的変化に関する観察では磁場の影響は確認されませんでした。
免疫反応で重要な役割を演じているサイトカインという蛋白質の産生で少し影響が見られました。例えばインターロイキン1ベータというサイトカインは磁場の曝露で産生が40%ぐらい増加し、腫瘍壊死因子というサイトカインは25%ぐらい減少しました。これらの結果は磁場が細胞レベルでは免疫反応の活性化あるいは免疫反応の抑制など、何らかの作用を及ぼす可能性を示しています。しかしこの事から直接、磁場がヒトの身体の免疫機能にどういう影響を与えるかについて推測する事はできません。今後さらにさまざまな角度からの研究が必要です。
産業医学総合研究所ではこれまでの研究結果を踏まえ、さらに動物実験などを行い、超低周波磁場が生体に与える影響を研究する予定です。
参考図書
最後に、国際機関から出版されている電磁場の生体影響に関する参考書を示します。
これらの本に関するお問い合わせは直接各機関の日本事務所にお願いします。
尚、日本語でも電磁波に関する啓蒙書はたくさんありますので、書店でお尋ねください。
- Environmental Health Criteria (EHC) , 16, Radiofrequency and
Microwaves, WHO, 1981
- Environmental Health Criteria (EHC) , 35, Extremely Low Frequency Fields, WHO, 1984
- Environmental Health Criteria (EHC) , 69, Magnetic Fields, WHO, 1987
- Occupational Safety and Health Series, 53, Occupational Hazards from Non-Ionizing Electromagnetic Radiation, ILO, 1985
- Occupational Safety and Health Series, 69, Protection of Workers from Power Frequency Electric and Magnetic Fields, ILO, 1994
- Occupational Safety and Health Series, 70, Visual Display Units: Radiation Protection Guidance, ILO, 1994
|