労働環境と遺伝子
有害性評価研究部 小泉信滋
働く環境の中に存在する、ある因子−例えばある種の化学物質−は、遺伝子の働きに影響すると言われています。影響の最も重大なものは、遺伝子そのものに傷をつけることです。この結果、ある場合にはがん細胞が生じます。また、生殖に関係する遺伝子の働きを狂わせることにより、子孫の正常な成長に影響する可能性も、最近問題視されるようになりました。化学物質だけでなく、紫外線、放射線、熱などの物理的な因子も遺伝子の働きに影響します。これらの職場環境因子は遺伝子への作用を介して、上記以外にも人体に様々な影響を与えます。
健康を保つためには、どの因子にどのくらいばく露したら、どのように危険なのかを明確にし、危険な状況を作らないように労働環境を整えることが重要です。日本の産業現場には5万を超える化学物質が存在する上に、さらに新たな種類の化学物質が導入されています。このような数の化学物質の各々が、数万存在すると言われるヒトの遺伝子のうちどれに影響するのかわからないのですから、有害性を的確に把握する作業が簡単でないのは、容易に想像できるでしょう。しかし一方では、分子生物学的技術のめざましい進歩により、短時間で多量の分析を行うことが可能になってきました。例えば、ごく最近のことですが「マイクロアレイ」、あるいは「DNAチップ」と呼ばれる技術を利用すれば、ある化学物質が10,000個ほどの遺伝子のうちどれに影響するのかを、数日のうちに調べることができるようになりました(図)。
遺伝子の影響のされ方にも違いがあります。働きを弱められるものは、遺伝子の情報に基づいて生産されるはずの蛋白質が減ることにより、健康障害の原因となる可能性があります。逆に働きを強められるものは、有害な環境に対処するための生体防衛反応であることが多いと考えられています。これらのうち適当なものを目印にし、作業者から採取した試料の分析から遺伝子産物の体内変動をモニターできれば、体がどんな状態にあるのか(何に、どのくらいばく露されたか、その結果人体がどのような影響を受けているか)を推測できると期待されます。このようなデータは、労働環境を適正な状態に保つために大変役立つでしょう。我々の研究室では、このような目的で、適切な目印となる遺伝子を見つけ出そうと研究を進めています。
(2004.3 一部改変)
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