SNPと労働衛生
健康障害予防研究部 王 瑞生
ゲノム上で遺伝情報を担うDNA塩基配列は、それぞれの人による違いがあることが分かってきています。この違いを多型(polymorphism)と呼んでいますが、「遺伝的多型」という言葉は、「ある塩基の変異が人口中1%以上の頻度で存在すること」と定義されています。いくつかのタイプの遺伝的多型がありますが、一個だけの塩基が変異する、1塩基多型single nucleotide polymorphism (SNP) というものが最も多く、ゲノム中に300万〜1,000万ほど存在していると推測されています。遺伝子産物(すなわち、タンパク質)の機能にまったく、あるいは、ほとんど影響しないSNPもありますが、一方タンパク質の活性が数倍〜100倍以上変わってしまうケースも数多くあります。ほとんどの化学物質は、体内の代謝過程で解毒されるか代謝活性化をうけます。もしこれらの物質の代謝に関与する酵素の遺伝子にSNPが存在すれば、同じ暴露によっても、引き起こされる中毒の程度は人によってかなり違ってくるでしょう。以下、お馴染みの飲酒時の反応に関わる酵素のSNPの例を挙げて、SNPの労働衛生への応用を紹介します。
飲酒後、アルコールから生成した毒性の強いアセトアルデヒドは、いくつかの酵素の触媒作用で解毒され、この過程にはALDH2という酵素が最も重要な役割を果たします。この酵素のアミノ酸配列を決める遺伝子は第12番染色体にありますが、いくつかのSNPが報告されています。なかでも第12エクソン部分のGからAへの変異で、タンパク質の第487番目のグルタミン酸がリジンに置き換わってしまうことにより酵素活性に重大な影響をおよぼすことが知られています。私たちは父と母からそれぞれ受け継いだふたつの染色体を持ちますが、両方が変異型(ALDH2*2)を持つ場合(変異アレルのホモ接合体、図中の母の場合)には、酵素活性はほとんど発現しません。また、片方だけが変異型でもうひとつが野生型(ALDH2*1)の場合(ヘテロ接合体、図中の子供の場合)、酵素活性は両方が野生型の場合(野生型アレルのホモ接合体、図中の父の場合)の約10%しかなく、この変異は「優性 dominant」であることが分かりました。このようにALDH2*2を持つ人には、飲酒後、アセトアルデヒドが体内に大量に蓄積されて種々の有害作用が生じます。私たちの研究から、このSNPによって、アセトアルデヒドのような短鎖脂肪族アルデヒドの代謝は著しく障害されますが、他のアルデヒド類の代謝にはほとんど影響のないことが明らかになりました。
産業現場では、直接アルデヒド類に暴露されることもありますが、暴露を受けた他の化学物質が体内でアルデヒドに代謝されることも多くあります。塩化ビニールの中間代謝物質であるクロロアセトアルデヒドはDNA毒性を持っていますが、ALDH2によって解毒されます。塩化ビニール暴露者のリンパ球SCE頻度(DNA損傷の指標)は、ALDH2*2を持っている作業者に高いと報告されています。またモンゴロイドの約3割は、この変異を持っていると言われています。このような背景から私たちはALDH2のSNP検出法を改良し、種々の化学物質暴露者におけるこのSNPと健康障害との関係の分析を進めています。
SNPと中毒との関連についての知見は、高感受性労働者の作業配置や暴露モニタリングの評価などに応用できます。遺伝情報を取り扱う際の倫理的問題は考慮しなくてはなりませんが、産業中毒の予防を通して、SNP情報は今後さらに労働衛生分野で役立つでしょう。
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ALDH2遺伝子の SNPs
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