独立行政法人産業安全研究所 と独立行政法人産業医学総合研究所は平成18年4月1日をもって統合し,独立行政法人労働安全衛生総合研究所となりました。
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独立行政法人 産業医学総合研究所
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National Institute of Industrial Health

沿革



昭和24年(1949)
 栃木県鬼怒川のけい肺病院と同一敷地内に労働省労働基準局労働衛生課分室として「けい肺試験室」が設立される。
昭和31年(1956)
労働省設置法により労働衛生研究所が設立され、川崎市中原区に新庁舎が建設される。組織は庶務課、職業病部第1課、第2課、労働環境部第1課、第2課の2部5課となる。
 初代所長に山口正義 就任。
昭和32年(1957)
労働衛生研究所が開所される。
職業病部に第3課、第4課、労働環境部に第3課が新設され、2部8課となる。
昭和35年(1960)
労働生理部第1課、第2課、環境部に第4課が新設され、3部11課となる。
昭和40年(1965)
実験中毒部第1課、第2課が新設され、4部13課となる。
昭和44年(1969)
「働く人の健康を守る座談会」において、産業医学総合研究所の設立が要望される。労働省は産業医学に関する総合研究所の創設を提唱する。
昭和45年(1970)
研究部門の課制を廃止して主任研究官制とし、4部1課となる。第63回国会において産業医学総合研究所の創設について附帯決議がなされる。
昭和47年(1972)
労働安全衛生法が制定される。
昭和51年(1976)
産業医学総合研究所が川崎市多摩区において開所される。
初代所長に山口正義 就任。
組織は庶務課、労働保健研究部、職業病研究部、実験中毒研究部、労働環境研究部の4部1課となる。
10月に労働疫学研究部が新設されて5部1課となる。
昭和52年(1977)
2代所長に坂部弘之 就任。
人間環境工学研究部が新設され、6部1課となる。
皇太子殿下 行啓。
昭和60年(1985)
3代所長に輿 重治 就任。
平成 2年(1990)
天皇陛下 行幸。
平成 3年(1991)
4代所長に山本宗平 就任。
平成 8年(1996)
産業医学総合研究所20周年記念講演会を開いた。
平成 9年(1997)
企画調整部と5研究部に研究組織を改編
5代所長に櫻井治彦 就任
平成12年 (2000)
6代所長に荒記俊一 就任。
平成13年 (2001)
独立行政法人に移行。初代理事長に荒記俊一 就任。
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