労働安全衛生総合研究所

行動分析学との遭遇(1)

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

 私の研究分野は、行動分析という心理学のなかの一学問領域です。小さいころからモノの分解が大好きだった私にとって、行動分析という学問はまさに目うろこの「行動分解の研究」だったのです。

分解の話


 私には小さいころから何でも分解する癖がありました。特に電化製品に関しては興味津々で、姉妹ともども家じゅうの家電の分解の機会を虎視眈々と狙っておりました。両親はそんな私たちを警戒し、彼らの家電を守るべく様々な対策を講じていました。炊飯器やトースターは手の届かない高いところに置かれ、テレビやレンジには「触るな、危険」の張り紙がある、といった具合でした。というのも、そのころの私たちは、分解はできても必ずしももと通りにできるという保証はなかったからです。分解のすえ、ねじが余ったり、機能しなくなった家電を買い替えたりという痛い失敗を何度か重ね、両親を悲しませたあと、私たちは徐々に分解したものをもとどおりにする術を覚え、そして故障部分の発見と修理へと関心が移っていきました。ただし、修理といってもごく簡単な電化製品のみで、最終的には「修理は難しい、だから専門の人がいるのね」という認識に変わっていきました。以来、修理はプロにお任せするようになり、我が家にも平安が訪れたわけです。
 このような話をなぜするのかといえば、実は現在の私の研究領域も「分解」と深いかかわりがあるからです。

行動分析学について


 行動分析は、字義通り人間または動物などの行動を分析する学問で、生物がなすすべての行動を研究対象としています。思考も行動だと考えます。なかでも私の専門領域は、「動物の実験的行動分析」で、ラットやマウスを使って独立変数(環境)を操作し従属変数(行動)がどれほど変化したかを検証する分野です。そこから行動の「原理」や「法則」を導き出すことにより、行動の「予測」と「制御」を可能にし、その結果が人間や動物のさまざまな問題行動の対処につながることを日々夢見て実験しています。でも、独立変数、行動の「原理」や「法則」と「大上段」に構えられても、頭にちっとも入ってきませんね。少なくとも私にとっては、カッコよすぎて崇高にすぎる説明のような気がしています。私の話は三回シリーズですので、現在行っている動物実験の詳細はのちのシリーズでご紹介するとして、今回は、行動分析についての説明をさせていただこうと思います。



 私にとっての行動分析とは、「行動を分解して修理改善して再構築できる」と初めて認識できるようにしてくれた学問のことです。日ごろ私たちが何気なく行っている行動のすべては、小さな一単位の行動の連鎖からなっています。たとえば、「歯を磨く」という行動も、「洗面所に行き」、「歯磨き粉を持ち」、別の手で「キャップを外し」、「キャップを置き」、置いた手で「歯ブラシを持ち」、「歯磨き粉を絞り出し歯ブラシの上に載せ」、「歯ブラシを口元の持って行き」、「口を開ける」行動にさらに細かく分けられます(ここまででようやく歯を磨く準備ができたわけで、実は歯を磨くことが開始すらされていません)。「歯を磨く」行動も、分解してみると実に多くの行動が連鎖していることがわかります。でも、私たちは苦労してやっているわけではなく、毎日スムーズに歯を磨くことができていると思います。なぜなら、歯磨きは毎日の習慣であり、今までに何度も経験している行動だからです。さて、ここで仮に私たちが、どちらか一方の手を怪我した、初めての場所でどこに洗面所があるかわからない、あるいは新製品の歯磨き粉のキャップの開け方がわからないといったことが生じたと想像してみてください。すると、歯磨きをスムーズに行うことが難しくなってしまったり、時間がかかってしまったりすることが容易に想像できると思います。歯を磨く行動を適切に分解できれば、問題の部分だけを取り出し、修正し、改善された行動をあてはめることができるわけです。つまり、「片手で行えるように歯磨き粉を固定」したり、「洗面所の場所を確認する」、あるいは「歯磨き粉の裏の説明書を読む」などの対策を講じれば、いつもとさして変わらぬ気軽さで歯磨きができるようになります。

作業現場での問題


 「あの人は、やる気がない」、「あの人は問題だ」というふうに、失敗や問題行動は"心"に求められることが多く、私には少し違和感があります。行動分析学では、行動の原因を外部環境に求めていきます。やる気がない、という言葉は結果が基準に到達していないことを言い換えただけであり、基準に達するように問題を解決する手立てにはなりません。結果を生み出した行動に着目し、上記に挙げた歯磨き行動のように分解して問題点を抜き出して修正すれば解決することも多いのではないかと思います。

 突然ですが、私は以前、大学病院の産科病棟で助産師として働いていた経験があります。日勤、準夜勤、深夜勤と交代勤務のため、それぞれの勤務者が次の勤務者に仕事の内容を申し送るということがスムーズな作業遂行のためには必要不可欠でした。ある時、ある患者さんが「子育てに自信がない」と頻繁に訴えている、という申し送りを受けました。私たちスタッフは即座に問題解決に乗り出しましたが、ある助産師は十分話を聞いてあげることができれば安心するのではないかと言い、他の助産師は慣れてくれば不安も解消するだろうと考え、助産師間での対応が一貫していませんでした。しかし、その後、患者さんの行動を観察してみると、訴えが多くなるのは授乳直後であることがわかりました。実はその患者さんは、母乳をうまく赤ちゃんに飲ませることができないために自信をなくしていたことがわかり、助産師が授乳中には付き添うという対処法が全員合意のもとで実行されました。その結果、患者さんも徐々にコツをつかみ、訴える頻度がぐっと減少しました。患者さんの訴えが、具体的にはどの行動から出ているものなのかを明確にすることで解決に結びついた例ですが、同時に、問題の行動が「いつ」、「どのぐらいの頻度で」生じるのかを測定することも解決には大事な要素でした。私は、行動は数えることができるものだ、ということを行動分析を通じて学びました。

天職はある?


 私が助産師であった時代、周りの人々に「子どもが好きだから助産師さんになったのか」をよく聞かれました。生まれたての赤ちゃんは可愛かったので、一応「そうです」と答えていました。すると周りの人々から「天職ね」と言っていただき、私もまんざら悪い気はしませんでした(単純!)。でも、よく考えてみると、生まれたての赤ちゃんを助産師学校に入る前に見る機会はほとんどなかったのです。したがって、「子どもが好きだから助産師になった」わけではなく、「助産師になってみたら子どもが好きになった」というのが正しいのかもしれません。

 行動分析における「行動のなりたち」の説明もまさにこのとおりです。「たまたまその行動が生じたらよい結果が出た、だからその行動が生じる頻度が高くなった」、という考え方です。例えば、営業の仕事についている人は、生まれつき営業の仕事が好きだったわけではなく、営業の仕事をしていたら、成績がよく給料が上がった、契約が成立した時の達成感に魅力を感じ営業を続けているといった具合です。行動分析の分野では、はじめに行動ありき、そしてその行動の結果により、その後にその行動が生じる頻度が変化する、と考えます。このことも私にとってはまさに目うろこの行動の法則でした。もちろん生得的な気質やそれまでの生育環境のなかで獲得した人格も仕事の選択については影響を与えます。私も子どもが苦手であれば助産師の学校に入ろうとは思わなかったでしょうし、人と話すことが不得手な人は営業職を選択肢としては挙げないだろうと思うのです。いうならば、その行動が生じるきっかけとして生得的なものも関わっているということなのです。

行動の結果について


 がんばった成し遂げた仕事をほめられるのはうれしいことです。また、労働に対し対価をもらえば、また仕事を頑張ろうと思うでしょう。このように、何らかの作業に付随して生じる結果には、良い結果(報酬)と悪い結果(罰)があります。作業の結果が報酬であるか罰であるかにより、次の行動が変わってきます。また、いくら頑張ったといっても毎回毎回ほめられていたのでは、ほめられることに慣れてしまいがんばろうという気が失せてしまうかもしれません。報酬と罰を提示するタイミングによっても行動が変わってきます。次回は、報酬と罰についての話と、それにもとづく動物実験のことをお話しいたします。

(健康障害予防研究グループ 任期付研究員 北條理恵子)

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