労働安全衛生総合研究所

行動分析学との遭遇(3)

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

大きな災害・事故がもたらすもの


 前回は、私が脳と行動の関係、化学部物質が胎児・新生児に及ぼす影響がどうしても知りたくなり、渡米する決意をするまでをお話しいたしました。そこからの私の、ややマニアックな米国実験行動分析学的生活が公私ともに(研究面および私生活面において)スタートしました。今回は、東北地方太平洋沖地震の発生に伴い、急きょ話題を変更したいと思います。米国実験行動分析学的生活は次回にお話しさせていただきます。

 私のアメリカでの滞在先は、ニューヨーク州ロチェスター市というところでした。ニューヨーク州といえどもロチェスターは、大都会であるニューヨーク市からは車で7時間も離れており、そのせいか実に静かで欧風の雰囲気漂う田舎の都市といった落ち着いた風情の街でした。そこに1999年から4年弱滞在していました。

 渡米して2年半ほど経過し、アメリカ生活に慣れ始めた矢先、忘れもしない大事件が起きました。アメリカ同時多発テロ事件です。事件発生からしばらくは情報が交錯し、何が起きたのかわからなかったのですが、情報が正しく伝えられるにつれ、予想以上に状況が悲惨であることが明らかになってきました。多くの人が、犠牲者数の多さと物理的な損傷の大きさに非常にショックを受けていました。

 日を追うごとに被害状況が深刻になり、それにつれて新たな問題も起きました。同時多発テロ事件にさらされた人々の精神状態が恒常的に不安定になり、睡眠不足、集中力の低下、警戒心が強くなる、少しのことでも過剰に興奮したりするという症状を訴えるケースが多く報告され始めたのです。建物の崩壊や多くの死傷者を目撃し、長い期間にわたる避難生活あるいは非日常的な生活のために、ストレス反応が生じてしまった、とテレビで毎日のように関連情報が報告されていました。

 このような状況の主な情報源は、おもにテレビのニュースでしたが、実際にニューヨークのダウンタウンに住んでいる友人が、灰の中ボランティアで救命活動をしている最中に電話をくれたこともありました。現場は混乱しており、非常に大変そうでした。また、しばらくして、テロ直後の救助作業時に不幸にして命を落としてしまった同僚の家族のため、消防士たちが長靴(消防士のユニフォーム)を抱え、募金活動をしている光景をいたるところで目にしました。その中の一人と路上で立ち話をしているとき、テロの話になると突然彼が泣き出してしまいました。彼は、テロの話をするといつも泣いてしまう、と言っていました。灰の中ボランティアをしていた友人も、電話口ではずっと泣きながら話していました。夜になると暗闇が怖い、とも言っていました。他人のこのような激しい情動反応をあまり見る機会がなかった私は、めんくらったと同時に、テロ事件が人々にもたらした脅威に恐怖を感じました。

行動分析学的にみる情動反応


 今回の東北地方太平洋沖地震でも多くの被災者の方々が日ごろ経験したことのない激烈な光景を目の当たりにし、過酷な体験をしたことでしょう。そして、今もなお寒さや避難所生活といった非日常が続いています。アメリカで報道されたように、徐々にストレス下で生じる人々の恐怖や不安反応も報告され始めています。

 「不安になる」、「涙もろくなる」、「恐怖を感じる」という記述は、行動分析学的には「情動反応が喚起される」と表現します。たとえば、恐怖や不安反応は、発汗、震え、めまい、動悸、過呼吸、嘔吐、めまい等などの症状として表出します。恐怖の際に引き起こされる感情、つまり「恐怖感(怖いと感じること)」という反応もこれに含まれます。

   恐怖反応は、「レスポンデント条件付け」という理論で説明が可能です。通常、私たちは高層ビルや飛行機が空港から飛び立つ様子、あるいは単なる煙を見ても恐怖反応が喚起されることはありません。しかしながら、アメリカの同時多発テロ事件の体験者は、悲惨な体験(がれきの中に埋もれる、衝撃を感じた)が、高層ビルや飛行機、煙と強く結び付き、これらを目にしただけで激しい恐怖反応を起こすようになるのです。本来、高層ビルや飛行機、煙自体は何も悪いことを引き起こしはしないため、中性刺激(良くも悪くもない刺激)と呼ばれます。しかし、悲惨な体験が生じたときにこれらの中性刺激が一緒に存在すると、悲惨な体験がもはや存在しない状況でも、中性刺激を目にすることにより発汗、震え、めまいといった恐怖反応が喚起されてしまいます。このように、中性刺激と嫌悪的状況が対提示されることにより、中性刺激によってレスポンデント行動(恐怖や不安反応)が喚起されることをレスポンデント条件付けといいます。もちろん、必ずしも嫌悪的な状況だけではなく、ほかの状況であってもレスポンデント条件付け自体は成立しますが、今回は地震やテロ事件について述べていることもあり、嫌悪的な状況に着目させていただきます。そして、特定のレスポンデント行動を誘発するようになった中性刺激は条件刺激と呼ばれます。実は、前回までのお話で行っていた「行動」は「オペラント条件付け」で生じたもので、このレスポンデント条件付けとは異なるメカニズムで成立しています。

 しかしながら、今回の目的は、このようにして喚起されてしまった情動反応も軽減が可能であることをお話しすることなので、両者の違いはのちほど説明いたします。

喚起された情動反応の軽減と制御


 何でもない刺激に対して多大な恐怖を頻繁に感じてしまうといった、過剰な情動反応は正しい手続きを講じることによって、軽減させることが可能です。いわゆるレスポンデント条件付けの解除の手続きです。では、どうするのかとういと、それは嫌悪的な刺激(状況)や他の条件刺激と対提示せずに、その情動を喚起している条件刺激を単独で繰り返して提示すれば良いのです。

 まず「レスポンデント条件づけ」で有名な例、「パブロフの犬実験」を紹介します。パブロフの犬の実験では以下のようなプロセスでレスポンデント条件付けが成立しています。

 (1)エサの提示 → 口の中の唾液の増加(唾液がたれる)
 (2)メトロノーム音の提示 → エサの提示 → 口の中の唾液の増加
 (3)メトロノーム音の提示 → 口の中の唾液の増加

 良くも悪くもない刺激(中性刺激)としての、メトロノーム音が、エサという唾液の分泌を増加させる刺激と対提示された結果、エサと同様に唾液の分泌を増加させる刺激と同じ機能を獲得(条件づけられる)したわけです。メトロノーム音は条件刺激となり、メトロノーム音だけで、唾液が増加する、レスポンデント反応が生じました。この条件づけ成立後に、エサを提示することなしに、メトロノーム音だけを聞かせると、最初のうち唾液は増加することがあっても、そのうち反応は出なくなります。これが、レスポンデント条件付けの解除です。専門用語ではレスポンデント条件消去と呼びます。何らかの刺激と条件づけられたレスポンデント反応は、その刺激だけを与えられ続けると、生起しなくなることがわかっています。

 これを応用して、「過剰な情動行動を減らす」ことも可能です。いろいろな方法がありますが、テロや震災の場合はあまりにも状況が激烈なため、一回で条件付けが形成されてしまいます。その場合は、条件付けにつながる嫌悪的な状況に対する拒絶も大きいため、計画的に恐怖感の軽い場面から恐怖感の強い場面へ段階的に直面させ、過剰反応が起こらないことを繰り返し確認し、恐怖感をとり去っていく方法を取ることもあります。いくつかの曝露の段階の設定法には非常にテクニックを要する段階があり、専門家以外には困難とされています。また、本来の治療法は、情動反応に対する個人に及ぼす深刻度の違い、症状の違いや、個人の恐怖や不安に対する閾値の違いなどが関係してくるので、専門家に相談するのが最善にして唯一の方法であると思います。

 ほかにも、レスポンデント消去の概念を応用した技法には、「脱感作」や「フラッディング」など、ばく露療法と呼ばれるものがあります。ばく露療法とは、認知療法やリラクゼーションを取り入れながら、自分自身を恐怖や不安などに徐々に慣れさせ、恐怖反応の症状を軽減する方法を指します。恐怖を覚える事柄や状況に、繰り返し自分をさらす、その状況を記述したものを繰り返し聞いたり見たりする、あるいは怖いと思うものや状況を想像して引き起こされる恐怖反応を体験するようにして、自分を慣れさせる、そのうちに、条件刺激が中性刺激に戻るようにする方法です。

「フラッディングばく露」
不安を引き起こす刺激に自分自身を集中的に直面させる方法です。1-3時間のばく露が標準的な時間です。
「段階的ばく露」
徐々にばく露の時間と回数を増やしていく方法です。

 どちらの方法も、最も弱い恐怖刺激から始める方法とは逆に、最初から最も強い恐怖刺激を用いますが、不安や恐怖を主に訴える症状(社会不安障害、強迫性障害、パニック障害、PTSD、恐怖症など) に対する療法としてはもっとも有効であることが認められています。「参考:不安症を治す〜対人不安・パフォーマンス恐怖にもう苦しまない(著者: 大野裕 出版社: 幻冬舎)」

 しかし、やり方によっては余計に反応を増大させてしまう(簡単に言うとひどくなる)可能性がありますので、行動的アプローチがわかっているトレーナーの指示を仰ぐことが大切です。また、反応が消去されても、その後復活することもありますので(反応の自発的回復)、注意が必要です。

 今回の記事では、私がアメリカで見聞きした経験をもとに、ストレス状況下における行動の制御と問題行動の対処法を紹介いたしましたが、この方法は、今回の地震にも応用されうるものだと思います。

 被災地での一刻も早い復興と、被災者の方々の健康を願ってやみません。

(健康障害予防研究グループ 任期付研究員 北條理恵子)

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