労働安全衛生総合研究所

反応暴走

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

 筆者は、これまで、主として化学物質の反応が関与する労働災害防止、特に「反応暴走」についての検討を続けてきました。 筆者の関与してきた反応暴走とは、化学工場などで化学反応を行っているとき,発生する熱の除去が何らかの原因で充分にできなくなり、系内の温度,圧力が制御不可能な程に急激に上昇する現象のことを言います。その結果、反応容器が破裂し、漏洩した化学物質による爆発火災あるいは中毒等の災害を引き起こします。
 このコラムでは、この夏もまた毎日のように新聞紙面に登場する熱中症との類似性に焦点をあててみます。

1 反応暴走と熱中症


 「反応暴走」は、化学工場の反応容器中など化学反応工程の中で起こりますが、反応容器を人体に置き換えて、熱の出入りという点に注目すれば、「熱中症」もまた同じように熱収支のバランスが崩れて内部に熱が蓄積し、温度の安定性が損なわれることが引き金となって起こると考えられます。
 ここで、この二つの事象が起こる状況について比較してみます。通常であれば、化学反応も人体も反応温度の上昇や体温上昇を検知した段階で、その安定化のためのプロセスが起動し、系は安定化に向かいます。

外部刺激、内部変化により、系が反応暴走、熱中症に至るプロセス

外部刺激、内部変化により、系が反応暴走、熱中症に至るプロセス表

 しかし、化学反応においては、冷却能力が不足すると、反応温度が上昇し、それに伴い反応速度すなわち発熱速度も上昇します。この発熱速度に冷却速度が追いつかなくなると、更に反応温度が上昇し、発熱速度も更に上昇します。例えばこの悪循環の結果(冷却系の温度が同じままでも)反応温度が急激に上昇し、ついに熱分解温度を超えると、急激な圧力上昇などを経て爆発に至ることになります。
 また、人体においても、そのおかれている暑熱環境が著しく悪化(高温多湿、無風等)すると、発汗などによる通常の体温調節機能が追いつかなくなり、深部体温が上昇していきます。これを抑えようとする過度の発汗、皮膚血流の増大により、脱水状態、電解質バランスの崩壊、臓器の血流低下が生じ、その結果体温調節機能をつかさどる温熱中枢に障害が生じます。体温調節機能が破綻することで、(環境条件が同じままでも)深部体温が更に上昇し、重篤な熱中症を発症することになります。

2 原因や対策の推測


 このように、反応暴走と熱中症の起こり方には、ある程度の類似性がみられることがわかります。これを利用して、反応暴走の原因や対策から新しい熱中症の原因、対策が出てこないか、あるいはその逆は?といったことを考えてみます。なお、ここでは論理的に正しい類推結果を求めることではなく、限定された領域の中での思考では見逃しがちな点に新たな気付きを与えることが目的ですので、このような思考の欠点である、ともすると自己の先入観にとらわれ表層的な検討だけで終わりがちな点や特定の情報や値に過度に注目してしまう点については、あまり気にしないでおきます。

 たとえば反応暴走の原因には、「外部冷却機能の不調」、「反応溶液と冷却系との間の熱伝導不良」、「原料の過剰投入による発熱速度の増加」などが挙げられますが、これらを熱中症の原因に置きかえると、たとえば以下のような対応がつけられます。すなわち、一方の原因から他方の原因をある程度推測することが可能であるとも言えます。
  • 外部冷却機能の不調;エアコンの故障、高温多湿無風環境、疲れ等による自律神経系の不調
  • 熱伝導不良    ;風通しの悪い服装
  • 発熱速度の増加  ;激しい運動、労働
  •  
 こんどは、熱中症が起こりやすくなる要因から、反応暴走を起こしやすくする要因を推測してみます。熱中症は、外的要因(温度,湿度,風量,放射熱 等)と、個体要因(睡眠不足、肥満、高血圧などで自律神経系に影響する薬剤を内服、そして有酸素運動の運動能力 等)との組み合わせで生じやすくなると考えられます。これを「反応暴走」にあてはめるなら、「外的要因」としては、たとえば、外部温度の上昇、冷却能力の低下が挙げられます。「個体要因」については、反応物質あるいは反応溶液が持つ化学的性質、物理的性質と対応づけられると思います。
 
 冷却能力が不良になる他に、外部温度(冷却系の温度)が著しく高くなることでも、やはり化学反応も暴走状態に到る可能性が高くなるでしょう。また、当該物質が関与する化学反応の反応速度、発熱量、分解温度、分解生成物といった化学的性質、反応溶液全体及び内容物の比熱や沸点といった物理的性質は、暴走反応への遷移のしやすさを評価する指標として実際に用いられています。すなわち、この思考過程で反応暴走を起こしやすくする要因が、かなり適切に推測されるように思います。

 最後に熱中症の予防対策から、反応暴走の予防対策を考えてみます。熱中症の対策としては、例えば厚生労働省のホームページに「熱中症を防ごう!」というパンフレットが公開されています (http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/06/dl/h0616-1b.pdf)。これによれば、熱中症の対策として、作業環境管理、作業管理、健康管理、労働衛生教育、救急処置 の五つが紹介されています。その中のいくつかについて、できるだけ先入観を除いて反応暴走における対策を推測してみます。

  1. 作業環境管理
     熱中症対策として、(1)WBGT値の管理 (2)休憩場所の整備 が例示されています。これを反応場の管理と考えれば、化学反応においては、反応条件(反応温度、圧力等)の適切な選定、冷却設備、反応装置等のメンテナンス という対策が浮かびます。
     また、必要に応じて休憩を取るという対策を考えると、これを筋の産熱を抑えると読み替えれば、反応量の減少、原料を最初から全量仕込むバッチ反応から、最初に原料の一部だけを仕込むセミバッチ反応への変更、反応禁止剤の投入設備設置等が、また、発汗や皮膚血流反応を調整する自律神経系の回復と読み替えれば、冷却装置の保守が対応しそうです。
  2. 作業管理
     熱中症対策として、「作業時間短縮」、 「熱への順化」 、「水分塩分摂取」、「服装」、「巡視」 が例示されています。この中のいくつかを個別に化学反応と対応させてみます。

    1. 熱への順化;悪化しにくくすると考えれば、反応速度を低下させるという対策が浮かびます。具体的には、反応温度を下げる、反応濃度を下げる、pH値コントロール等による速度制御(そのための薬品の添加)といった対策が浮かびます。
    2. 水分塩分摂取;水分補給は、冷却能力の回復と考えれば冷却施設の多重化、塩分補給は、冷却操作に伴う不具合対策と考えれば、例えば 冷却配管への汚れ付着による伝熱係数低下の防止対策等が思い浮かびます。
    3. 服装;熱の逃がしやすさと考えれば、冷却能力の強化と読み替えられます。例えば、冷却能力の高い 冷媒への交換、総括伝熱係数のより高い冷却システムへの変更等でしょうか。
    4. 巡視;適切なモニタリングと考えれば、必要な箇所へのセンサーの取付けと考えられます。

 ここまで、熱中症の対策と対応づけて、化学反応の暴走対策として使えるかもしれない作業を抜き出してみました。これらを見ると、よく持いられている対策もありますが、反応暴走の対策としては、見逃しがちな視点もあります。例えば、冷却能力の回復冷却操作に伴なう不具合対策など、通常はそれらが問題になることは少ないのですが、こういう視点もあるということを頭に入れておくことで、事態が想定外に悪化するリスクを少しでも減らせる可能性があります。

3 まとめ


 このように、本来全く異なった現象であっても、意識してみれば意外な類似性が見つかることがあります。このような関係を単に持て遊ぶだけであれば頭の体操に過ぎませんが、このような検討の中からこれまで見過ごしてきた原因や対策を見つけ出すヒントが見つかれば労働災害の防止に役立つと考えています。
(人間工学・リスク管理研究グループ 首席研究員 藤本康弘)

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