労働安全衛生総合研究所

エレベーターの危険性 - 戸が開いた状態で動き出すエレベーター等の危険性(後編)

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

目次:
前編(先月号に掲載)
  1. はじめに
  2. エレベーターの釣合構造
  3. エレベーターの安全管理
  4. 戸開走行保護装置の義務化
  5. おわりに

後編
  1. はじめに
  2. 昇降・搬送機械の戸開走行
  3. 既設エレベーター等への対応
  4. おわりに

1.はじめに


 前編ではエレベーターが不意に上昇する危険性の原因とその対策の現状について紹介しました。後編では労働現場で使用されているエレベーター等の昇降・搬送機械における同様の危険性とその対応について紹介します。

2.昇降・搬送機械の戸開走行


 工場などの労働現場で利用される昇降・搬送機械には、人が搭乗する乗用エレベーターのほかに、簡易リフトや垂直搬送機などの荷物運搬のみを使用目的とする機械があります。それらの機械の中には乗用エレベーターと同じような構造及び制御を備えているものもありますが、多くの場合、人がかご(搬器)に乗って移動することを前提にして設計されていません。したがって、それらの機械で人が移動することは禁じられております(例えば、クレーン等安全規則第207条では、簡易リフトへの搭乗の制限が定められています)。
 そのため、荷物運搬のみを目的とする昇降・搬送機械は、乗用エレベーターとは異なる区分で管理されています。そしてそれらの昇降・搬送機械には新設する場合でも戸開走行保護装置を搭載する義務は現在ありません。しかしながら、荷物を搬器内に積み降ろす際には、人が搬器内に乗り込んだり接近したりする必要があります。人が積み卸し作業をしている最中に搬器が不意に動き出せば、当然、人が搬器に身体を挟まれる危険性があります。実際、多くの労働災害が発生しています。
 荷物の運搬のみを目的とする昇降・搬送機械にも戸開走行保護装置が望まれます。しかしながら、それらの機械への搭載はそう簡単に進む話ではありません。戸開走行保護装置の搭載は、そもそも、昇降機に戸(扉)があることが前提となります。ところが、工場で荷物の運搬によく使われている簡易リフトや垂直搬送機などの昇降・搬送機械には戸が備えられていない場合があります。

図:昇降・搬送機械の例
図1 昇降・搬送機械の例

 垂直搬送機は簡易リフトとは異なり、荷物の積み卸しが荷台で自動化されており、人が積卸口付近に近づかないように設計されています。そのため、昇降機とは区別して管理されています。そして、垂直搬送機には戸を備える義務はなく、標準では戸がない機種が多くあります。一方の簡易リフトでは搬器が移動する昇降路の荷の積卸口には戸を備えることが義務付けられています(簡易リフト構造規格第13条第1号)。ところが、戸を初めから違法に取り付けなかったり意図的に取り外したりして使用していることがあります。また、戸を備えていても、戸と連動して戸の開閉を確認するための監視装置(特に戸の開閉確認スイッチ)を無効化した状態で利用されていることもあります。そのような簡易リフトの不適切な利用は、まれとはいえない実態があります。簡易リフトが不意に動き出して作業者が被災する労働災害は古くから知られており、乗用エレベーターでの事故が社会問題になる以前から、再発防止の必要性が指摘されていました。そして今もなお戸開走行の危険性は看過されています。
 簡易リフトは安価で設置が容易であることが広く利用されている理由です。簡易リフトの戸開走行を防ぐためには、戸の設置などの基本的な整備から始めなければなりません。まして、費用と工期をより多く必要とする戸開走行保護装置の自主的な改修は残念ながら期待できません。このような現状は簡易リフトに限られたことではありません。法規の有無や区分に関係なく、昇降・搬送機械全般の問題と言えます。だからこそ、新設の昇降・搬送機械に対しても戸開走行保護装置、あるいは、それと同等の保護装置の義務化が必要と考えられます。そして、既設の昇降・搬送機械に対しても、戸開走行保護装置の搭載又はそれに準ずる措置が望まれます。

3.既設エレベーター等への対応


 戸開走行保護装置として求められる設備は先月号でも紹介しました
  1. 独立したブレーキ機構(二重系ブレーキ)
  2. かごの移動を感知する装置(特定距離感知装置)
  3. 独立した制御回路(安全制御プログラム)
の三種類です。二重系ブレーキは、機械的に独立して動作するブレーキを2つ備える制動装置の総称です。異常時(戸開走行発生時)にのみ動作するブレーキを待機型ブレーキと呼びます。特定距離感知装置は、かごが乗場の所定位置に停止していることを確認するための検知装置の総称です。かごが所定位置から一定の距離以上に不意に動き出したときに、この装置は安全制御プログラムに異常を伝達します。安全制御プログラムは、通常の制御プログラムが故障した場合にエレベーターを安全に停止させるためのプログラム及びプログラムを実行する装置の総称です。通常の制御プログラムとは独立して動作します。
 これらの設備が一体となって連携動作することが本来の姿ではありますが、各設備は単体でも一定の効果が期待できます。例えば、特定距離感知装置は単体では停止位置の逸脱警報装置としての機能が期待できます。かご(搬機)が適切な位置から逸脱したことを音や灯りで知らせるだけでも異常の早期発見に役立ちます。また、安全制御プログラムも単体の設備で制動制御の信頼性を向上させることができます。一度に改修する場合よりも最終費用は高くなるでしょうが、将来、一体の設備として連携させることを視野に入れた段階的な改修は可能です。
 このような安全装置は高価との認識が今でもありますが、社会の安全に対する意識の高まりにつれ、現在では高性能でかつ高機能な安全関連の機器がより安価で入手できるようになりつつあります。また、新しい技術によって既存の設備を活用したまま安全性を向上させることが可能な製品も流通しはじめています。例えば、セーフティーコントローラと呼ばれる装置を用いることで、既存のマイコンなどの普通の制御器をそのまま活用して安全規格に適合する制御部の安全関連系を構築することが可能です。大規模な改修をせずに安全性を向上することが容易になりつつあります。そのような改修案がエレベーターの製造業者や保守管理業者などから積極に提案されるような支援制度も望まれます。
 以上のような戸開走行保護装置の搭載を始めとして、国外でも既設のエレベーター等に対する安全確保が問題になっています。例えば、フランスでは5年単位の3期間で段階的に既設エレベーターを改修する措置が義務化され、現在も安全性の向上を目的とした改修が進んでいるようです。この義務は荷物専用のエレベーターにも同様に課せられているようです。
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/house05_sg_000096.html
 http://www.mlit.go.jp/common/000142989.pdf
 国内でもフランスのような安全性向上のための制度が望まれますが、「既存不適格の不遡及」と呼ばれる法律の原則に反するとして、国内での義務化は難しいと考えられています。これに対し海外では、少なくとも既設エレベーターの危険性は義務化で対処が必要なほど重大な事案として認知されていることは確かです。
 このような状況の下で、国内で既設エレベーター等の安全性を向上させるためには、労働安全衛生法第28条の2を利用するのが最も現実的な方策と考えられます。この法律は、事業者に対し、事業場の建設物、設備などに起因する危険性又は有害性を調査して必要な措置を講ずるよう努めることを定めたものです。この法律に従えば、法令上は簡易リフトや垂直搬送機などの戸開走行保護装置が義務化されていない昇降・搬送機械においても、事業者が危険性を調査した結果、必要と判断した場合は戸開走行保護装置を自主的に搭載すべきであると考えられます。また、戸開走行保護装置を搭載できない場合でも、事業者は現段階で可能な措置を講じておくべきであり、今できる対応を少しずつ実施していただければと思います。このような改修案がエレベーターの製造業者や保守管理業者などからも積極的に提案されることを期待します。

4.おわりに


 どのような機械でも長く使い続けるためには、誰もが安全に使える状態に維持・管理していくことが必要です。残念ながら現在、多くのエレベーターは今後も安全に使い続けるための管理が十分なされているとは言えない状況にあります。そのような状況をもたらした要因に安全技術の未熟さが関与しているのだとすれば、それは早急に改善する必要があります。
 このコラムで紹介したエレベーターの戸開走行の問題は、改修費用などの費用対効果をも踏まえた安全技術の必要性と重要性を示唆していると言えます。筆者らの研究グループでは、どのようなエレベーターでも安全に長く使い続けることのできる安全技術の確立に努めております。そのような技術が確立されるまでの間は、所有者・管理者の責務として、エレベーターを適切に維持・管理していただきたいと思います。

(機械システム安全研究グループ 任期付研究員 岡部 康平 
上席研究員 芳司 俊郎 
上席研究員 池田 博康)

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