労働安全衛生総合研究所

東日本大震災復旧・復興作業時の石綿飛散状況

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

1.はじめに


 平成23年3月11日に発生した東日本大震災から、この3月で2年になります。多くの方々の尊い命が奪われ,いまだに行方のわからない方々も多数おられます。ここに、改めて心より哀悼の意を表し,被災された方々にお見舞いを申し上げます。
 震災からの復旧・復興作業においては、高所作業や重機等による災害の防止、粉じんばく露防止や熱中症対策等、労働安全衛生上の課題が多くあります。今回は、私の専門である石綿粉じんについて、当研究所や国が実施している現地調査から明らかになっている復旧・復興作業時に伴う飛散状況を御紹介したいと思います。

2.震災と石綿


 石綿(アスベスト)とは、天然に産出する繊維状のケイ酸塩鉱物であり、蛇紋石族のクリソタイル及び角閃石族のアモサイト、クロシドライト、アンソフィライト、アクチノライト、トレモライトの6種類があります。耐熱性や断熱・防音性、耐摩耗性等の多くの優れた性質を持ち、安価で加工しやすかったため、耐火被覆材やスレート板等の建材や、自動車用・工業用の摩擦材(ブレーキ等)等に大量に使用されてきました。一方で、石綿粉じんは呼吸により肺に入ることで石綿肺、肺がん、中皮腫等の健康被害(石綿関連疾患)を引き起こすことが明らかとなっています。そのため、日本では平成16年に石綿製品の新たな製造・使用が禁止されましたが、石綿関連疾患の潜伏期間は長く、発症まで十数〜数十年かかることから、今後も患者数が増加すると予想されています。また、既に使用された石綿含有製品の中には、今もそのまま使用されているものがまだ数多く残っており、今後はこれらが廃棄物として処理される過程(例えば、石綿含有建材を使用した建築物の解体工事)でのばく露が懸念されています。
 平成7年に発生した阪神・淡路大震災では、多くの建築物が倒壊しましたが、その解体撤去作業において、石綿対策が不十分であったとの指摘があります。実際、阪神・淡路大震災後の復旧作業に携わり、後に石綿関連疾患を発症した方の労災が認定されています。石綿関連疾患は潜伏期間が長いため、今後さらに震災からの復興作業に携わった作業者の症例が増加する可能性があります。東日本大震災の復旧・復興作業においては、この教訓を生かし、作業に従事した人が後年石綿関連疾患を発症することのないように、十分な対策を講じていく必要があります。
 今回の震災で問題になっているのは、石綿含有建材を使用していた建築物が地震と津波により破壊されたことで、がれきとなった石綿含有建材や解体工事で除去された石綿含有建材等、石綿含有廃棄物が大量に発生したことです。建材として使用されている石綿製品の中には、粉じんとして飛散しやすいものも飛散しにくいものもあります。耐火、吸音、断熱等を目的とした吹付け材は最も飛散しやすいと考えられるもので、これらが被災した建築物周辺に散乱していたという報告もあります。また、天井や床、壁等に使用されている成形板等からは、損傷や劣化等がない限りは石綿が飛散する可能性はほとんどありませんが、今回のように破壊されてがれきとなってしまっている場合は石綿粉じんが飛散するおそれがあります。復旧・復興作業に従事した作業者に将来石綿ばく露による健康障害が発生しないように対策を行っていくためには、実際に環境中の石綿濃度測定を実施し、飛散状況を把握することが重要です。

3.被災地における環境中の石綿濃度調査


 環境省や各自治体では、被災した住民等へのばく露防止と不安の解消、解体現場やがれき集積場等から一般環境への飛散防止等の観点から環境中の石綿濃度調査を実施しています。一方、最も石綿粉じんにばく露する可能性が高いと考えられるのはがれき処理作業に従事する作業者ですので、厚生労働省や当研究所では、がれき処理作業者のばく露防止の観点から作業現場の石綿濃度調査を実施しています。
 震災以降、青森県や仙台市等、早い自治体では平成23年3月下旬から環境中の石綿の調査を始めています。環境省は、平成23年4月中旬に一般環境中の石綿濃度の予備調査を実施し、以降定期的に居住地等の調査を実施しています。厚生労働省は、がれき処理作業が本格化した平成23年9月から、がれき一次集積場や被災した建築物の解体作業現場等で調査を実施しています。その他、研究機関やNPO等による調査も行われています。
 当研究所では、震災後の平成23年4月に宮城労働局のパトロールに同行し、仙台市内沿岸部の建築物の被災状況やがれきの中に混入した石綿含有建材について調査を実施しました。平成23年8月には、がれき集積作業が本格化して大規模ながれき一次集積場が整備されてきたことを受けて、厚生労働省の調査に先駆けて宮城県内の3か所のがれき一次集積場内においてがれき処理作業に従事する重機オペレーターや重機周辺作業者の周辺での石綿濃度調査を実施しました。下記の写真に、実際に調査を実施したがれき集積場の様子を示します。多くの重機が稼働しており、20 mを超える高さまでがれきが積み上げられていました。白くもやがかかっているように見えるのは、発生した粉じんのためです。また、厚生労働省の調査結果を元に、作業毎の石綿飛散状況の分析を行っています。特に、高濃度の石綿濃度が確認された事例については、分析機関の報告書や聞き取り、現場写真等から原因の推定を行っています。




がれき集積作業の様子


4.被災地における石綿粉じん飛散状況


 空気中の石綿濃度は、単位体積当りの石綿繊維の本数(fと表記する場合もあります。)で表わされます。例えば、1ℓ当たりの本数で表わす場合、単位は本/ℓ(もしくはf/ℓ)となります。法律で定められている基準値としては、大気汚染防止法に基づく石綿製品製造工場に対する敷地境界基準として10 本/ℓ、作業環境測定の管理濃度として0.15 f/㎤(150本/ℓ) (ただし、アモサイト、クロシドライトは除く。)があります。一般環境中の石綿濃度について、現在のところ規制値はありませんが、通常は一般大気中で石綿濃度が1本/ℓを超えることはほとんどありません。

 当研究所で平成23年4月に調査を実施した段階では、行方不明者の捜索活動が最優先の課題であり、がれきには手付かずの場所も多く残っていました。石綿含有建材は一般家屋よりも工場やビル等の施設で多く使用されており、沿岸部の工場地域で被災した建築物の周辺にがれきとなって石綿含有建材が散乱していることが確認できました。石綿含有が疑われる建材については、一般のがれきとは区別して取り扱う必要があるのですが、仮置き場に集められたがれきの中にはごく一部ではありましたが石綿含有建材が混入していました。また、同年8月に調査を実施したがれき集積場では、繊維状の粒子は一般環境中と比べてかなり多く浮遊していましたが、そのほとんどは石綿に似た形状をしているものの組成が石綿とは異なる粒子でありました。ただし、本数は少ないですが石綿と疑われる粒子が浮遊していることも確認されましたので、予防的な意味も込めて防じんマスクを装着して作業することが一番の対策だと考えられます。測定位置で比較してみると、総繊維数濃度は重機内が重機外よりも低いことや風下と風上では大きな差があることなどがわかりました。

 一方、国が実施している調査結果では、環境省の調査でがれき集積場周辺で若干高い石綿濃度(数本/ℓ程度)が測定されている事例がありますが、被災した住民の生活圏やこれまで継続的に大気中の石綿濃度をモニタリングしていた地点では、1本/ℓを超えるような事例は確認されていません。厚生労働省が調査したがれき処理作業現場内の濃度に関しても、測定方法の違いから測定結果の信頼性は異なりますが、石綿濃度の最大値はおよそ6本/ℓ程度であり、環境省の結果と同程度でした。石綿以外の繊維状粒子も含めた総繊維数濃度の平均値でも定量下限である3本/ℓを下回っており、高濃度の石綿が飛散していたという事例は確認されていません。石綿含有が疑われる建材等は、他のがれきとは区別して扱わなければならず、がれき集積場には持ち込めないことになっています。現地で完璧に石綿含有の有無を判別することは困難であり、若干の混入はあると予想されますが、このことががれき集積場での濃度が低く抑えられている理由だと考えられます。一方、建築物解体作業現場においては、石綿繊維が高濃度で飛散した事例が確認されています。特に、仙台市のビル解体工事の事例では、敷地境界で100本/ℓを超える石綿濃度が測定されました。この事例では、事前調査が不十分であったことが原因であるとされています。他にも、機器の不具合等が原因と推定される高濃度事例が国及び自治体の調査で複数明らかになっています。このことについては、解体件数が多いために解体作業に不慣れな業者が新規に参入し、きちんとした漏えい防止対策が取られていないのではないかという指摘もあります。また、実はこういった建築物解体作業時の石綿の漏えいは、被災地に限った問題ではありません。被災地以外で通常行われている解体・改修工事においても、震災前から同様の事例の報告があります。厚生労働省では、平成24年5月に「建築物等の解体等の作業での労働者の石綿ばく露防止に関する技術上の指針」を制定する等、より一層のばく露防止対策の徹底が図るために関係事業者への指導を実施しているところです。また、環境省においても大気汚染防止法の改正により、漏えい防止対策をより強固なものにすることが議論されています。

5.まとめ


 震災から2年が経過し、現在ではがれきの処理も進んで、一次集積場から二次集積場・中間処理へと移行しているところです。主に集積及び粗分別を目的としていた一次集積場と、分別・破砕処理を経て可能な限り再資源化を図り廃棄物量の減量に努めている二次集積場では作業内容が大きく異なるため、がれき処理の進捗状況に合わせて起こり得る石綿飛散の実態を把握し、有効なばく露防止対策につなげていくことが重要です。また、建築物の石綿除去作業における漏えいに関しては、被災地だけでなくそれ以外の地域でも起こっている問題ですので、現在の指針等が確実に実施されるように周知徹底していく必要があります。
 今回紹介した調査結果は、環境省と厚生労働省が平成23年5月から定期的に合同で開催している「東日本大震災アスベスト対策合同会議」において報告され、被災地における石綿の情報収集と対策の検討に活用されています。復旧・復興作業に従事される作業者が将来石綿関連疾患を発症することのないように、今後とも研究を継続し、現地調査や調査結果の分析を通じてばく露防止対策に必要な情報を提供していく所存です。

(環境計測管理研究グループ 任期付研究員 中村 憲司)

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