労働安全衛生総合研究所

作業環境中のナノマテリアルを計測する

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

1.はじめに


 私たちは豊かな暮らしを得るために多くの技術革新を経て、生活に便利な様々な製品を生み出してきました。これらの製品の利用は生活の質を向上させるために必要かもしれませんが、使い方によっては弊害が伴うこともあります。例えば、自動車や工場からの排気ガスが大気中に放出されることで、かつて日本でも深刻な公害問題がありました。今年の冬、中国各地で微粒子(PM2.5:直径2.5 μm(マイクロメートル)以下の粒子)の濃度が非常に高くなり、そこで暮らす人々の健康が危惧されるレベルにまで達していたという報道もありました。
 さて、この生活を豊かに快適にするための技術革新の一つとして、2000年頃から「ナノテクノロジー」という言葉がよく用いられるようになりました。ナノテクノロジーはナノメートルサイズ(1〜100 nm)で物質をコントロールする技術のことであり、その成果の一つとして、ナノスケールの物質、ナノマテリアルが開発されました。現在では、ナノマテリアルは既に労働現場において取り扱われており、将来ますます増加すると予測されています。
 今回は、このナノマテリアルの概要と私が取り組んでいる作業環境中におけるナノマテリアルの濃度測定に関して紹介いたします。

2.ナノマテリアルとは


 ナノマテリアルは、「元素等を原材料として製造された固体状の材料であって、大きさを示す3次元のうち少なくとも一つの次元が1 nmから100 nmであるナノ物質及びナノ物質により構成されるナノ構造体(凝集体を含む。)」と定義されています。特殊な性質あるいは特殊な構造を持つように意図的に作成された材料であり、黄砂や火山灰などの自然現象で生じるものや自動車排ガス等など人間活動によって非意図的に生じる粒子はナノマテリアルには含まれません。
 ここで、大きさをイメージするために、図1にナノマテリアルと身近な物質の大きさを示します。

図:ナノマテリアルと身近な物質の大きさ
図1.ナノマテリアルと身近な物質の大きさ

 1980年頃は、サブミクロンスケール(0.1~1 μm)の材料を製造するのが限界でしたが、それから何十年もしないうちに、ナノスケールの材料を産業レベルで製造することが可能になりました。一部の物質では、ナノスケールまでサイズを小さくして従来の材料と比べて質量当たりの表面積を劇的に増加させることで,その反応性、光の散乱特性、あるいは内部の電子状態等の性質が変化し,さまざまな優れた新機能を発現することが知られています。これらの特性を活かした新規ナノマテリアルの開発及び製品化は、国際的に活発に進められています。今後、更なる研究を経てナノマテリアルの利用法や新規のナノマテリアルが開発され、様々な用途や分野に波及し、製造量も大幅に増加していくことが予想されます。
 工業用に使用するナノマテリアルはもともと1〜100 nmの材料として製造され、あらかじめ物性やサイズが分かっています。しかし、粒子のサイズが小さいため粒子間に強い凝集作用が働き、工場で取り扱う際にはナノサイズだった材料が凝集して大きな粒子を形成しています(図2)。
図:ナノマテリアル凝集体の電子顕微鏡写真
図2.ナノマテリアル凝集体の電子顕微鏡写真
(下の画像は、上の画像の矢印の先にある粒子を拡大して撮影したものです。)

 図2に写っている粒子はもともと20〜30 nmの粒子で製造されますが、凝集作用によってお互いがくっつき大きな粒子に成長しています。上側の画像のように低倍率で観察するとナノサイズの粒子で構成されていることに気がつかないことがあるので注意する必要があります。他の種類のナノマテリアルも凝集作用により、写真のような塊を形成し、一般的に数10 nmから数10 μmと非常に幅の広いサイズ領域で作業環境中に飛散することが知られています。凝集体の大きさは体内への取込みや体内での動態に影響を及ぼすと考えられますので、ナノマテリアルの粒径別濃度を正確に測定することが必要になります。

3.ナノマテリアルばく露による影響


 材料がナノスケールになることで性能が変化するのであれば、同様に、生体にとって一般の化学物質とは異なる悪影響を及ぼす可能性も考えられます。そのため、事前の生体への影響評価が重要です。ナノマテリアルと言っても多くの種類がありますが、国際機関のOECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)工業ナノマテリアルに関する作業部会では14種類のナノマテリアルが優先検討物質として提案されており、その中でも、現在の製造量及び将来の増加率の観点から、二酸化チタン、カーボンナノチューブ、カーボンブラック、シリカに関する影響評価の研究が盛んに行われています。
 このような背景のもとで、現在多くの研究者によって、ナノマテリアルの毒性評価が進められており、一部のナノマテリアルに関しては、ある一定条件下において毒性があるという結果が報告されています。しかし、ナノマテリアルの毒性評価手法及びその判断基準がまだ統一されていない等、人の健康影響を評価するには更なる検討が必要です。
 生体影響はいまだ解明されていない点が多いですが、ナノマテリアルの製造量は今後もますます増加し、さらに新規のナノマテリアルが開発されると予測されています。そのばく露を真っ先に受けるのはナノマテリアルの製造・加工過程に従事されている方であり、ばく露による被害が出る前に予防するという観点から、早急に対策を講じなければなりません。そのため日本では厚生労働省が「ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について」(平成21年3月31日付け基発第0331013号)を関係団体等に通知し周知しています。

4.作業環境中のナノマテリアル濃度測定とその課題


 毒性評価の一方で、作業環境中のナノマテリアルの濃度測定に関しても解決しなければならない点は多くあります。
 測定を難しくしている要因の一つが、前述したナノマテリアルの凝集作用です。凝集することにより、もともとナノスケールだった粒子がサブミクロン、さらにはミクロンスケールまで成長します。そのため、ナノからミクロンスケールまで非常に幅広い範囲の粒子を対象に計測しなければなりません。現在、1つの装置でその範囲の粒子を計測できる装置はありませんので、表に示すような装置を組み合わせることでナノマテリアルの広範な粒径域において粒径別に粒子濃度を測定することを試みています。

装置(略称)粒径範囲(nm)測定項目粒径の決め方
走査型電気移動度粒径分析器(SMPS)10-800粒径+個数濃度帯電粒子の電場内での移動度(電気移動度径)
光散乱式粒子計数器(OPC)100-10,000粒径+個数濃度粒子の光散乱強度(光散乱径)
空気動力学粒子サイザー(APS)1,000-30,000粒径+個数濃度粒子が2点間を通過するのに要する時間(空気動力学径)
走査型電子顕微鏡(SEM)10以上粒径+個数粒子の2次元画像(幾何学径)
表.粒径毎に粒子個数を測定できる装置とその特徴

 以下にこれらの測定における現在の大きな課題を二つ御紹介します.
 まず,1点目です.表中のSEM以外はリアルタイムの測定装置であり、標準となる校正粒子を用いて各サイズに対応するシグナルから粒径毎に粒子数を測定できるように校正する必要があります。しかし,それぞれの装置は一般的に比重及び光学特性が一定である球形粒子を基準に校正されていますので、粒子の物性が校正粒子と異なれば、表中の「粒径の決め方」の違う装置で計られた粒子のサイズは装置毎に異なります。特に、ナノマテリアルは、ナノスケールの粒子が凝集した複雑な形状で空隙もあるため、各装置での測定値の正確さを検証し、さらに測定装置間の値の違いをどのように補正するかについても研究を進める必要があります。解決策としては、標準となるナノマテリアル凝集体を準備して,それぞれの装置の計測値の正確さを調べる方法が考えられます。そこで、私はナノマテリアル取扱い現場(袋詰めや投入等)でのナノマテリアル凝集体の発生状況を実験室で模擬的に再現できる小型の発生法の開発及び評価に取り組んでいます。連続的にまた安定してナノマテリアルを発生させることができれば、各種ナノマテリアル及びその凝集体を測定する際の、測定装置の簡易な校正、あるいは新規の測定技術の考案につながると考えています。
 濃度測定の課題の2点目として、ナノマテリアルの取扱い現場で大きな問題になっているのが、ナノマテリアルと同程度の大きさの粒子が一般環境中にバックグラウンドとして存在していることです。表に示したリアルタイム測定装置は、ナノマテリアルによって発生する粒子と、冒頭で触れた人間活動由来或いは自然由来の非意図的に発生した環境中の粒子との区別ができません。そのため、それらが測定現場に流入することにより測定対象のナノマテリアルのシグナルが隠れてしまい測定できないといった問題も解決しなければなりません。現時点では、作業環境においてナノマテリアルのみを計測する画期的な装置及び方法はありませんが、作業現場のナノマテリアル凝集体と環境中の粒子の混合している状態を模擬的に再現できれば、実験室において、これまで作業現場で適用してきたナノマテリアル測定方法の検証、改良或いは新規の測定方法の開発実験に取り組むことが可能になります。

 これまで、ナノマテリアルの測定に関する研究の多くは、ナノマテリアルを構成している一つ一つの粒子のサイズに注目したものが多く、凝集体としてとらえた研究はほとんど行われていません。実際の労働現場の環境に近いナノマテリアル凝集体を発生させるシステムを開発することで、現場でのナノマテリアル測定方法の開発・改良、毒性評価、あるいは適切な呼吸保護具の検定等に利用できる可能性があります。

5.おわりに


 ナノマテリアルの毒性評価は現在進行中ですが、今後ばく露濃度の規制をする際には、作業環境中におけるナノマテリアルの正確な濃度測定法が必要不可欠です。
 当研究所では平成25年4月から3年間、ナノマテリアルを使用する作業環境中の濃度測定方法に関するプロジェクト研究がスタートします。現在行っているナノマテリアルの発生法に関する研究の成果はこのプロジェクト研究の中でも活用していきます。これらの研究を通じて、濃度測定の面から労働者のナノマテリアルによる影響を防ぐ対策に貢献していきたいと思います。
 なお、当研究所のホームページでは「職場におけるナノマテリアル取扱い関連情報」として国内外における研究動向に関して紹介しています(http://www.jniosh.go.jp/joho/nano/index.html)。より詳しく知りたい方は御参照下さい。

(環境計測管理研究グループ 任期付研究員 山田 丸)

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