労働安全衛生総合研究所

職場の熱中症対策徒然考(その3)

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

1.はじめに


 これまで身体の内と外の二つに分けて暑熱ストレスと暑熱ストレインの測定法評価法、ならびに現状の問題点や課題をお話してきました。そんな話をしているうちに季節が秋となり冬となり、今年の夏のあの過酷な暑さをすっかり忘れてしまった今日この頃かもしれません。でもこの時期にこそ暑さと戦っている職場があります。それは、熱中症対策製品の開発メーカーであり、これから来年の夏に備えて新製品の企画開発のまっただ中と思われます。熱中症対策は、メーカーにとっては前の年の秋から冬が勝負といえるでしょう。
  そこで、今回は熱中症対策の最終回として、熱中症対策製品の信頼性・有効性をどう評価すべきか、という困難な課題について考察します。


2.現在市販されている熱中症対策製品の問題点


 前々回1)と前回2)にもお話しましたように、暑くなると防暑冷却グッズの熱中症対策製品が飛ぶように売れるわけですが、筆者はそれらがどれだけ身体の負担を軽減する効果があるかについてはかねてより疑問を持っています。今年から始まった国の第12次労働災害防止計画(平成25年度〜29年度)1)3)でも重点対策として熱中症対策が明記される中で、熱中症対策製品の客観的評価基準の策定が求められています。実際、これまで紹介した筆者の話からも現行の市販の製品の取り扱いに十分注意する必要があることがおわかりでしょう。
 現在市販されているクールスカーフや冷感グッズなどの防暑冷却グッズが人気商品となっていますが、そもそも市場に出る前にどのような根拠で有効性が評価されているのでしょうか。装着したら冷たくて気持ちがよいという体感・快適感にもとづいてその効果が判断されているケースもあるのではないでしょうか。
 少々気温が高く蒸し暑い程度で安静にしている場合には、深部体温の上昇の危険がないので、それでも「心理的」には効果がある、といっても間違いではないかもしれません。だからといってそれが、酷暑環境での重作業のように身体のオーバーヒートの危険が増大する環境下でどれだけ有効であるかどうかはそう簡単に評価出来る話ではありません。実際前回お話したように、酷暑環境下での原発復旧模擬作業においては、重作業では市販の防暑冷却製品は深部体温の上昇を抑制する効果はほとんどないこと2)4)、また、軽作業ではクールベストの単独使用では大きな効果を認めることができず、フードマスクなどほかの製品と組み合わせることでようやく比較的大きな効果がみとめられた5)6)7),という具合です。
 

3.熱中症対策製品を評価するための物理的考察


 熱中症対策製品の評価を進めるにあたって基本的に重要なことは、人間の体温がおよそ37℃に維持されるしくみを物理的に理解しておくことです8)9)。人体が暑熱環境や寒冷環境にさらされても身体の核心部(身体表層部ではなく身体内部の温度。大動脈血温、直腸温、脳の視床下部温が相当)の温度がそう簡単には上昇したり低下したりせずにおよそ37℃に保たれているのは、人体が身体活動や生命維持に必要な基礎代謝などの結果産生する熱量「熱産生量」とその熱を外界に放出する「熱放散量」のバランスがとれてほぼ等しくなっているからです。もしそのバランスがくずれて、熱産生量が熱放散量より多くなると、身体の中に熱が蓄積して体温が上昇し、熱放散量が熱産生量より多くなると逆に身体の中の熱が減少して体温が低下します。これらの関係を数式で示すと、以下のようになります。

  身体蓄熱量=熱産生量−熱放散量

 身体蓄熱量>0となると体温上昇が生じますが、このことは熱産生量が増えて熱放散量が減る場合はもちろん、熱産生量が同じでも熱放散量が減る、熱放散量が同じでも熱産生量が増える、のいずれにおいても起こりうることです。要するに熱産生量と熱放散量の相対的バランスが問題となるわけです。
 熱放散量に関係する主な因子は、気温、湿度、周囲の物体表面温度、太陽や発熱体からの放射熱、風速、着用している衣服の保温性や透湿性などです。
 暑熱ストレスとは、身体蓄熱量>0となる温熱条件であり、それは熱産生量が熱放散量よりも「相対的に」大となる状況といえます。ということは、気温が高くなくても厚着をして激しい身体活動をすれば熱産生量>熱放散量となり、身体蓄熱量が増加して容易に体温上昇する暑熱条件が生まれることになります。ましてや気温が高く炎天下で風のないところで防護服や防護具を装着して激しい身体作業をすれば、熱産生量>>>熱放散量となり深部体温が一気に増大する極めて過酷な暑熱条件となります。
 このような過酷な暑熱作業に実効性ある暑熱対策は、一つには熱産生量を減少させること、すなわち激しい身体作業をやめ軽作業や休憩時間を増やすことです。また、熱産生量を減少させることが困難な場合には、熱放散量を増やすことです。そのためには、屋外気象条件を変えたり溶鉱炉を閉鎖することはできないので、エアコンで人工的に室内の温度や湿度を下げたり、日陰に避難したり、薄着になったり、風に当たったりすることです
 しかしそれも作業中の適用が困難である場合には、防暑冷却装備の適用ということになり、そのための防暑冷却製品が沢山市場に出回ることになります。その有効性をどう評価するかは客観的にはなかなか容易ではないと思いますが、とりあえずの基本原則としては、それらの製品の装着により身体蓄熱量が減少し、願わくは熱産生量=熱放散量となり深部体温の上昇が抑制されることです。ところが、筆者らがこれまで行ってきた実験によれば、酷暑重作業にも有効な製品はなかなか見当たらず、せいぜい軽作業で組み合わせを工夫することで一定の効果が認められたにすぎません。これは前回でも紹介したとおりです2)

4. 熱中症対策製品を評価するための生理的・心理的考察


 熱中症対策製品の評価にあたっては、前述のような物理的考察だけでなく生理的および心理的観点からもその有効性を考える必要があります。製品が有効である、ということはその製品を使用することによって、心理的のみならず生理的にも暑熱負担、いいかえれば暑熱ストレインが軽減する、ということです。前回お話したように、おおまかにいえば暑熱ストレインには生理的ストレイン(体温上昇、心拍数増加、発汗増加による体重減少など)と心理的ストレイン(暑熱感、不快感など)がありますので、これらの指標がすべて軽減することが重要です。市販のクールグッズを着用したら冷たくて気持ちよかったとか、着用前後でサーモグラフィーでみたら装着部位がこんなに青く冷えていた、というのはこれらの暑熱ストレイン軽減の一面を見ているに過ぎず、同時に体温上昇や心拍数増加、体重減少などが抑制されることが重要です2)7)
 昔行われた温熱快適性を特徴づける有名な生理学的実験があります10)11)。それは、温熱的快適感は皮膚温だけで決まらず、被験者の深部体温により皮膚に与えられた同じ温度刺激を快適にも不快にも感ずる、というものです。深部体温が高ければ(例えば直腸温37.8℃)、皮膚への15℃の局所冷却を非常に快適に感じるが、深部体温が低ければ(例えば直腸温36.3℃)非常に不快に感ずるというものです。このため、酷暑作業で深部体温が上がっている時に局所をクールグッズで冷却することは、冷感や快適感を発現させ一時的にでも心理的な負担の軽減につながることは十分に予想されます。
 しかし、その局所冷却による快適感の発現が身体蓄熱量を減少させ、体温上昇や心拍数増加などの生理的暑熱ストレインの軽減をも引き起こすかどうかは保証の限りではありません。したがって、冷却装備がその暑熱環境でどの程度体熱放散量を増加させて身体蓄熱量の増加抑制に効果があるかを評価することが重要となるわけです。

5.熱中症対策製品の有効性を評価するための三つの条件


 熱中症対策製品の有効性を評価するためには、これまで述べたとおり、物理的考察と生理的・心理的考察を踏まえた上での実学的総合評価が必要になります。それを実現するためには、(1)熱物理的・伝熱工学的評価、(2)模擬作業実験による労働生理学的評価、(3)現場での着用効果の評価、の三つのアプローチが必須です7)
 幸いにも私どもの研究所には、(1)および(2)の両方のアフローチを可能とする環境が整備されています。①については、世界でも有数の発汗歩行型サーマルマネキンと発汗型ヘッドマネキンが設置されています(写真1)。これらを活用すれば、種々のクールベストやクールグッズなどの防暑冷却具の冷却性能やヘルメット・化学防護服などの労働安全衛生保護具・作業服の保温性・通気性・透湿性、いうなれば熱放散能力を物理的言葉で客観的かつ定量的に評価することが可能です。
 

写真1 発汗歩行型サーマルマネキンと発汗型ヘッドマネキン 

 また②についても,当研究所には,実際に被験者に熱中症対策品を装着して現場の実態に即した模擬作業実験を行うことのできる人工環境室があります(写真2)。この設備と装置を用いて、暑熱ストレインが心理的にも生理的にも軽減するかを検証することができます。環境生理学的評価ならこの検証までで十分かもしれませんが、労働生理学的評価となると、さらにこれに加えて作業効率の改善効果も調べる必要があります。熱中症対策製品を使用したら心理的に大変気持ちよくなり作業効率もアップしたが気づかぬうちに体温も上がり熱中症のリスクが増大した、などということにならないようにしたいものです。作業効率が向上すると同時に暑熱ストレインが軽減しなければなりません。


写真2 人工環境室と実験装置

 ただし、①②を実施したとしても、それでも十分とはいえません。最終的には①②で得られた評価結果を、現実の作業現場に導入した時に実際にその作業に対して効果があるのか、作業者にどの程度使用してもらえるか、着心地、作業性、効果持続性、耐久性など様々な側面からの現場で確認する③のアプローチが残されています。
 これらの三位一体の評価を経て初めて熱中症対策製品の有効性と適用限界が明らかになるでしょう。これが、筆者が徒然なるままに考える最後の結論ということになります。

6.おわりに


 最近、夏になると毎年のようにマスコミを賑わすけれども、出口が一向に見えない熱中症予防対策について筆者が日頃考えている事を3回にわたってお話してきました。はじめに述べましたように、今年から始まった国の第12次労働災害防止計画でも、熱中症対策が重点対策課題として取り上げられ、その中で熱中症対策製品の客観的評価基準の策定が求められています。これまで述べてきたことが、これらの対応を考える上で少しでも参考になれば幸いです。また、筆者の拙文により、熱中症予防対策の現状と課題についてご理解を深めていただけたら嬉しく思います。

(国際情報・研究振興センター センター長 澤田晋一)


(参考資料)
  1. 澤田晋一(2013) 職場の熱中症対策徒然考(その1)
     http://www.jniosh.go.jp/mail-mag/2013/60-column.html
  2. 澤田晋一(2013) 職場の熱中症対策徒然考(その2)
     http://www.jniosh.go.jp/mail-mag/2013/61-column.html
  3. 厚生労働省(2013) 第12次労働災害防止計画について
     http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei21/
  4. 澤田晋一,安田彰典,岡 龍雄,田井鉄男,時澤 健,井田浩文,中山和美(2013)原発関連復旧作業時の暑熱負担軽減方策としての事前冷却手技の有用性(第一報).日本生理人類学会第68回大会,日本生理人類学会誌 Vol.18 特別号(1) 96-97.
  5. 岡龍雄,澤田晋一,安田彰典,田井鉄男,時澤健,井田浩文,中山和美,三宅康史,神田潤,萩原祥弘,樫村洋次郎(2013)原発関連復旧作業時の暑熱負担軽減方策に関する実験的研究(その4):電動ファン付呼吸用保護具と従来型クールベスト併用の効果.第86回日本産業衛生学会,産業衛生学雑誌55(Suppl.),378.
  6. 澤田晋一、岡龍雄、安田彰典、田井鉄男、時澤健、上野哲、井田浩文、中山和美、下田朋彦、三宅康史、神田潤、萩原祥弘、樫村洋次郎 (2012) 原発関連復旧作業時の熱中症予防対策としての現行防暑冷却装備の有効性.2012年度呼吸保護具に関する研究発表会講演抄録集、19-22、国際呼吸保護学会(ISRP)アジア支部・日本呼吸保護具工業会共催 2012年11月29日(於:東京医科歯科大学)
  7. 澤田晋一(2013) 職場における熱中症の予防対策−防暑冷却装備の有効性と課題−. セイフティダイジェスト 59(5), 2-10.
  8. 澤田晋一(2013) 快適温熱環境.小木和孝(編集代表)産業安全保健ハンドブック,p566-569, 神奈川,労働科学研究所.
  9. 澤田晋一(2010)温度とからだの事典(彼末一之監修、澤田晋一ほか共編)朝倉書店
  10. Chatonnet J, Cabanac M (1965) The perception of thermal comfort. Int J Biometeorol, 9, 183-193.
  11. Cabanac M (1971) Physiological role of pleasure. Science, 175, 1103-1107.

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