労働安全衛生総合研究所

第21回アジア産業保健学会(21st Asian Conference on Occupational Health)に参加して

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

1.歴史あるアジア産業保健学会


 2014年9月2日から4日に福岡市で開かれた第21回アジア産業保健学会(21st Asian Conference on Occupational Health, ACOH)に参加しました(http://acoh2014.com/index.html)。実行委員長は産業医科大学産業生態科学研究所環境疫学の高橋謙教授が務められ、会場はヤフオクドームとなりのヒルトン福岡シーホークでした。今回は第24回日中韓産業保健学術集談会(24 th Japan-China-Korea Joint Conference on Occupational Health, J-C-K Joint Conference)と併せて行われました。
 ご存じの方も多いかと思いますが、このACOHはアジア産業保健協会(Asian Association for Occupational Health)が3年ごとに行う国際会議です。初回は1956年(昭和31年)に東京で開かれましたので、60年にも及ぶ歴史のある会議です。関係各国でこれまでに行われてきましたが、わが国での開催は第8回(東京)を経て、今回が三回目になります。


写真1 ACOHとJ-C-K Joint Conferenceのポスター

 

2.会議の内容


 今回は「産業保健、基礎研究、臨床医学の懸け橋」というテーマの下、災害と健康、産業衛生(industrial hygiene)、疾患と職業、産業保健サービス、産業看護について、熱心に議論されました。参加者は25カ国・地域から、のべ400名に上りました。ここでは、基調講演、全体会議、シンポジウムなどの中から、印象の深かったものをいくつかご紹介いたします。
 シドニー大学のニコ・ヴァン・ザンドウィック教授による基調講演では、アスベストにばく露してから健康障害の起こるまでの時間がとても長いことに基づいて、アスベストを"導火線の長い時限爆弾"にたとえました。実際、肺がんの場合、アスベストを吸入し始めてから40年たって発病という例もあります。 
 アスベストに関連した病気は現在の医学では、残念ながら治りにくいという特徴があります。そうなると、そもそもばく露しない("導火線"に火をつけない)という一次予防、さらに世界的な使用禁止("時限爆弾"そのものの撤去)が不可欠になります。アジアではアスベストが多く使われていますので、これらの目標に向けた各国・地域のさらなる努力が求められています。
 韓国産業安全保健公団のカン・ソンギュ先生による全体会議では、労働衛生の発展を次のような三段階に分けて議論が行われました。I期は物理化学的な労働環境に由来する病気や障害への対応(例、古典的とみなされる職業病)、II期は労働者個人の健康状態に関連して生じる病気や障害への対応(例、過労関連疾病やメンタルヘルス不調)、III期は社会のあり方に関連して生じる諸問題への対応(例、保険や補償の制度)です。
 特に、III期に関わると思われますが、労働者の健康障害は雇用者の責任または社会保障のどちらで対応するかというのが究極の問いになります。その回答は労働安全衛生の枠を超えて、様々な関係者による議論と合意に基づくほかないと考えられます。
 このことは、シンガポール国立大学のデビット・コウ教授による全体会議で行われた議論と本質的に同じでした。例えば、喫煙の有害性は明らかですが、喫煙者を雇わないという雇用条件はどのくらい受け入れられるでしょう。また、人造ナノ材料は各種産業の発展に欠かせませんが、なんらかの有害性があるからといって使用禁止にできるでしょうか。私たちは予防原則をゆるがしてはなりませんが、一方で、過ぎたるは及ばざる如しになっても意味がありません。
 今回は7つのシンポジウムがありました。このうち、産業保健サービスに関するシンポジウムでは、韓国、台湾、日本における関連法令と政策について討議されました。
 韓国では急速な経済発展に伴って生じている様々な問題に対応がなされています。近年、交代勤務やストレスマネジメントに関するガイドラインが韓国産業安全保健公団より策定されています。心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder)は2013年に業務上の精神疾患として認められました。2014年には夜勤者に特殊健康診断を受けさせることが雇用者の義務になりました。
 台湾では最近、大きな動きがあります。従来の労働安全衛生法から修正された職業安全衛生法は2014年7月より施行され、化学物質や過重労働などへの対策が強化されています。さらに、2014年2月には行政院労工委員会(Council of Labor Affairs)が労働省(Ministry of Labor)に改組されました。その中には、労働安全衛生庁(Occupational Safety and Health Administration)が労働安全衛生の推進役として設置されました。

3.まとめ


 今回のACOHに参加して、日本を含むアジア地域では労働安全衛生の共通した問題がありながら、個別の問題もあることが改めて分かりました。私の印象では、わが国以外は古典的な問題と、過重労働やメンタルヘルス不調に伴う問題など比較的新しい問題とが一気に押し寄せているせいで、対応に苦慮しているようにみえました。
 このような状況に際して、政府、研究者、実践家などあらゆるレベルで,各国・地域相互に学び合うことが大事になるでしょう。来年2015年には韓国で国際産業保健学会(International Congress on Occupational Health)が開催されます。こうした大きな場とともに、ACOHのような地域に密着した会議には積極的に参加する価値があります。次回のACOHは2017年に台湾で開かれる予定です。
 考えてみれば、労働安全衛生の分野で"長い導火線をもつ時限爆弾"はアスベストだけではありません。物理化学的な危険因子、長時間労働、不適切な心理社会的労働環境とて、潜伏期間に違いがあるにしても、働いている中でいずれ望ましくない結末に至ります。一度きりの人生の中で重要な意味をもつ労働生活が上質になるために、私たちは何ができるかと思いながら、福岡より戻りました。
  
(国際情報・研究振興センター 上席研究員 高橋正也)

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