労働安全衛生総合研究所

労働衛生に"体力"の指標を

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

1.はじめに


 我が国が抱える少子高齢化・人口減少の問題は、私たちの働き方にも影響を及ぼす問題であり、今後の労働者の健康を考える上でも重要なテーマです。就業者総数が減少傾向にある中、就業者全体に占める高齢者の割合は増加するなど、統計にも労働者を取り巻く状況が変化している様子が窺えます。「国力や年金システムを維持するために高齢者の就業を促す」ことには違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、「年齢に関わらずできるだけ長く、元気に働きたい」と考える方も少なくないのではないでしょうか。好む、好まざるに関わらず、「長く、元気に働く」ことへの社会的ニーズは今後も高まりそうです。そのような中、労働者の“体力”について講ずること、具体的には、労働者の体力と疾病リスクとの関係を明らかにし、必要に応じた対策を練ることは、今後の我が国の労働衛生を考える上で重要です。

2.体力とは


 皆さんはご自身の“体力”がどの程度かご存知でしょうか。「就職して以来、体力テストをやっていない」という方も少なくないでしょう。ひと言で“体力”と言ってもその使われ方は様々です。学術的には1960年代に提唱1)された著名な分類(図1)があります。


図1 1960年代に提唱された体力の分類1)

 この分類に従うと、日常会話でよく聞かれる“体力”は、「身体的要素」としての「行動体力」の「機能面」を指したものと言えます。多くの方が経験された学校での「体力テスト」は、筋力、敏捷性、平衡性、協応性、持久性、柔軟性といった要素で構成される身体機能のチェックであり、各要素がそれぞれに適した評価方法で測定されるものです。しかし最近は、これら身体機能としての体力が生活習慣病あるいはメンタルヘルスに影響することを示す研究報告が増えています。「健康を守る(防衛)」という観点からも、身体機能面の体力を強く意識していく必要がありそうです。
 では、雑談の中でよく聞かれそうな「体力が落ちて坂道や階段が辛い…」、「若い頃は体力があったのに…」などでの“体力”は、どの要素を指すのでしょうか。厳密には上述の6つの要素全てが相互的に関わった結果としての体力ですが、中でも“全身持久性体力”の関わりが強いと言えます。

3.全身持久性体力とは


 全身持久性体力とは「活発な身体活動を維持できる能力」であり、学校などの体力測定では“持久走”や“20 mシャトルラン”などで測定評価されるものです。しかし、これらの測定法は学校での授業などでおこなうことを念頭に、簡便性が重視され採用されたもので、臨床や研究の場では、より適正な評価指標とされる最大酸素摂取量(maximal oxygen consumption: VO2max)(あるいはVO2maxより決定基準が緩やかなVO2peak)が測定されます。
VO2maxが“全身”持久性体力の指標とされるのは、この値が心肺を中心とした酸素摂取運搬能と筋など組織による酸素利用能とを反映するためですが、心肺による呼吸循環能の関与が強い(イメージがある)ためか、一般的には“心肺持久力”と表現されることもあります(英語でもcardiorespiratory fitnessなどと表現されます)。VO2maxとは1分間に摂取できる酸素の最大値であり、固定式自転車やランニングマシン、呼気ガス分析装置等を用いた運動負荷試験において、対象者が疲労困憊となるまで運動することで測定されます(図2)。


図2 固定式自転車と呼気ガス分析装置を用いた全身持久性体力の測定

 表1は日本人を対象に作成されたVO2maxの年齢別基準値2)です。ここに示される通り、全身持久性体力は加齢に伴い減少します。また、この数値が低いと高血圧3)、糖尿病4)、がん5)等の発症リスクが高まることが明らかとなっています。さらに、喫煙や高血圧、糖尿病などのリスクを保有することよりも、全身持久性体力が低いことの方が死亡リスクを高める強い要因となることも、著名な疫学研究6)で示されています。このように全身持久性体力は腹囲や血圧・血液検査数値と同様か、場合によってはそれら以上に、私たちの健康を守る上で重要な指標と言えます。

表1 固定式自転車で測定した最大酸素摂取量(VO2max)の年齢別基準値2)

4.全身持久性体力を高めるには①


 最近の私たちの実験に参加された平均年齢48.2歳の男性労働者(非運動習慣者/腹囲85 cm以上)84名のVO2maxの平均値は、28.7 ml/kg/minでした。これは年齢別基準値(表1)に照合すると60-64歳の水準です。この実験の参加者は、いわゆるメタボ該当(予備群含む)者ではあるものの、毎日元気に働かれている方々です。職場健診で全身持久性体力が評価されることは稀であるため顕在化されない問題ですが、働き盛り世代である労働者の体力がこれほどまでに低水準であることは気になります。皆さんの数値はいかほどでしょうか。デスクワークが多く、長年に亘り運動習慣もない方では、この実験の参加者同様、低水準である可能性は高いです。
 では、全身持久性体力を高めるにはどうすればいいのでしょうか。そのためにはやはり、一定期間の有酸素性運動が必要になります。ウォーキングが健康に好影響を及ぼすことは多くの研究で示されていますが、全身持久性体力は低強度の有酸素性運動では増加しにくいため、その改善に向けては、安全面に考慮しつつ、少し高め強度の運動が有効です。最近、この高め強度運動に関する研究が国際的に盛況です。従来、心疾患患者や肥満者などの運動療法、あるいは一般的な健康運動としては、低〜中強度(いわゆるanaerobic threshold(AT)ゾーンなど)での持続的有酸素性運動が主流とされてきました。しかし、最近の研究では、有疾患者であっても高め強度運動と低強度運動を繰り返す運動(インターバルトレーニング)をした方が効果は高く、無理なく出来る範囲であれば安全面の問題も少ないとする研究報告が増えています。しかし、安全面については慎重な立場をとる研究者もまだ少なくなく、このテーマに関する研究者間の議論が活発です。高め強度運動の最大のメリットは運動の所要時間を少なく設定できる点です。図3は、運動習慣のない方を対象とした、1回の所要時間が13分間の高め強度インターバル運動(3分間の高め強度での運動を、2分間の低強度での運動を挟んで計3回)と40分間の中強度持続的有酸素性運動とを比較した私たちの実験の結果です7, 8)。運動の所要時間とエネルギー消費量が少なくても、強度をやや高めに設定した方がVO2maxに対する効果が高い様子が窺えます。実験ではVO2maxだけでなく心機能7)や自律神経機能8)への効果も同様であることが示されました。ただし、過度に運動強度を高めると運動によるリスクも高めることになるため、このような実験では、対象者一人ひとりに対して熟練の運動指導者による適切な強度管理がなされています。


図3 トレーニング介入(8週間)によるVO2max増加率7)

5.全身持久性体力を高めるには②


 習慣的な運動実践が身体に好影響を及ぼすことを分かっていても、現代に生きる多くの労働者にとって、その実践は難しいことです。いくら“余暇時間に適度な運動を”と唱えられても、早朝や夜遅く帰宅してからの運動、休日に時間を割いての運動は、運動が大好きな人であればともかく、多くの忙しい労働者にとって容易ではありません。その一方で、職務時間の大部分を座位で過ごすような働き方をする人は増えており、現代人の身体活動量は少なくなる一方です。最近の研究では、身体活動量が少ないことが精神疾患発症に繋がる可能性についても言及されています。“ヒトには運動が必要”であることを主張する研究報告は枚挙にいとまがありません。では実情を変えるにはどうすれば良いのでしょうか。残念ながらこの数十年、有効な策は見出されていないのが実情です。
 労働衛生としては特殊なケースとなりますが、ここで宇宙飛行士の健康管理について少し触れたいと思います。最近、抗加齢医学や生活習慣病に関わる課題を宇宙医学の観点から捉えようとする考えが拡がりつつあります。微小重力環境に滞在する飛行士の身体変化が、加齢に伴う身体変化や、科学技術の恩恵で身体に負荷をかける機会が減った現代人の身体状況と似た側面があるため、宇宙飛行士のための健康対策が社会に役立つという考えです。国際宇宙ステーションで働く宇宙飛行士には、1日2時間程の運動トレーニングが“職務として”義務付けられています。微小重力環境で生活するとVO2maxや筋力が著しく低下し、身体に深刻な影響を与えることが分かっているためです。とは言え、“勤務中”の運動時間は可能な限り短くする必要があります。そのために現在、宇宙環境での“効率的な運動トレーニング法”を開発する研究が、世界各国の宇宙機関で進められています。
 「職場での運動(エクササイズ)」。これを我が国の企業などで実践することには、経営者でなくても抵抗を感じる方は多いと思います。「健康管理は主に余暇時間にするもの」という考えが根強く、「職場での運動など不謹慎」とする感覚を私たちは少なからず持っています。しかし、最近は社員の健康に気を配る企業も増えてきました。社員食堂のメニューが工夫されたりするのもその一例でしょう。上述した実験結果を見ますと、1回10〜15分程度の高め強度運動を週2〜3回(1週間に30〜60分程度)実践できれば、全身持久性体力は改善します。数台の自転車とそれを置くスペース、そこに経営者の理解と安全管理体制を加えられれば、「職場で運動する」環境は比較的簡単に作れます。“職場での運動”が労働者個人の健康を守るだけでなく、企業の医療費負担抑制や“従業員が長く、元気に働く”ことに繋がるのであれば、各企業だけでなく、少子高齢化・人口減少の問題を抱える我が国としても、意義ある取り組みとなる可能性があります。「職場での運動」が必要なのは、国際宇宙ステーションだけではないのかもしれません。

6.おわりに


 現在、我が国では過重な業務負担による健康障害や過労死を防止する対策が必要とされています。残念ながら日本はこのテーマの課題先進国です。“体力”はこの問題を考える上で重要なファクターとなりそうですが、全身持久性体力などの体力が過労死やそれに関連する疾病にどう関与するのかについては、現段階では全くと言ってよいほど分かっていません。労働者の全身持久性体力を年に1度でも評価することは、労働者個人の疾病予防に資するだけでなく、このような課題をテーマとした研究に取り組む際にも有用です。一方、VO2maxの測定では対象者が疲労困憊となるまで運動する必要があり、職場健診でおこなうことは現実的ではありません。“持久走”や“20 mシャトルラン”にしても、学校では教育の一環として取り入れられても、職場には不向きです。労働者の全身持久性体力を、いかに“安全に”、“効率的に”評価するか、これを提案することが私たち研究者の役割の一つだと考えています。また最近は、テレビの視聴時間(≒座位時間)が長いと循環器疾患のリスクが高まることが報告されるなど、座位行動(sedentary behavior)が疾病発症の有害因子となる可能性が指摘されています。先進諸国ではデスクワーク従事者が増加する傾向にありますが、職場での座位行動と労働者の体力や疾病発症リスクとの関係については、まだ不明点が多いのが実状です。
 これらの課題の解明に向けて、私どもは現在、労働者の全身持久性体力や座位時間を適切に評価するための研究、あるいは労働者の全身持久性体力を時間効率よく改善させるための研究に取り組んでいます。現代社会に生きる労働者の健康を守るために、研究者の役割を果たすべく、しっかり取り組んでいきたいと思っています。

文献
  1. 猪飼道夫:日本人の体力‐心とからだのトレーニング,日経新書,1967
  2. 鈴木政登,他:日本人の健康関連体力指標最大酸素摂取量の基準値.デサントスポーツ科学30:3-14, 2009
  3. Blair SN et al: Physical fitness and incidence of hypertension in healthy normotensive men and women. JAMA 252:487-90, 1984
  4. Sawada SS et al: Cardiorespiratory fitness and the incidence of type 2 diabetes: prospective study of Japanese men. Diabetes Care 26:2918-22, 2003
  5. Sawada SS et al: Cardiorespiratory fitness and cancer mortality in Japanese men: a prospective study. Med Sci Sports Exerc 35:1546-50, 2003
  6. Myers J et al: Exercise capacity and mortality among men referred for exercise testing. N Engl J Med 346:793-801, 2002
  7. Matsuo T et al: Effects of a low-volume aerobic-type interval exercise on VO2max and cardiac mass. Med Sci Sports Exerc 46:42-50, 2014
  8. Matsuo T et al: Low-volume, high-intensity, aerobic interval exercise for sedentary adults: VO2max, cardiac mass, and heart rate recovery. Eur J Appl Physiol 114:1963-72, 2014


(有害性評価研究グループ 任期付研究員 松尾知明)

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