労働安全衛生総合研究所

カーボンナノチューブとのお付き合い
−カーボンナノチューブの作業環境管理について−

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

 2015年7月20日の毎日新聞に「カーボンナノチューブ:発がん性 人に影響未確定 一部製品注意喚起へ」という記事が掲載されました。NHKの早朝のニュース解説においても同様の報道がなされましたので、ご記憶の方が多いかもしれません。この報道の根拠は、労働安全衛生法第57 条の5 に基づいてMWNT-7という特定のカーボンナノチューブ(Carbon nanotube: CNT)についてがん原性試験を行ったところ、がん原性が認められるとの結論が導かれたためです。化学物質の発がん性が動物実験で認められることは、まま あるのですが、厚生労働省ではこの結果を受けて、予防的に対応する方向で検討していることもあり、また、CNTは期待される新素材である「ナノ」マテリアルであることもあって、今回の報道になったと思われます。
 当研究所では、約10年前からCNT全般について作業環境における測定法の研究を進めており、空気中のCNTを測定する方法を開発しました。この方法を使用して、複数の工場で実際に測定することができ測定法の有効性が明らかになりました。私とCNTとのお付き合いも10年近くなりました。ここでは、測定法をご紹介しながら、CNTの取扱い方について簡単にまとめます。

1.CNTとは何か


 カーボンナノチューブの「ナノ」とは、もともと10のマイナス9乗(10-9)を表す接頭辞で、ナノメートル(nm)と言えば1メートルの10億分の1ということになります。とても小さなものである、ということは何となくイメージしていただけるでしょうか。CNTは20世紀後半に日本で発見され、工業レベルの合成方法が日本で開発された新規材料であり、いわゆるナノマテリアルの一種です。通常の作業環境で対象としている粉じんは、直径が数マイクロメートル(µm)前後、即ち数百〜数千nmのものですが、ナノマテリアルは大きさや構造を制御して製造される数十nmの粉体で、粒が小さいが故に新しい機能が発現できると言われています。CNTは直径が数〜100 nm程度で、長さが数〜数百 µm(10-6 m:マイクロメートル)程度の炭素(=カーボン)だけでできた中空のチューブです。炭素は六角形に連なったベンゼン環を形成し、そのベンゼン環が並んで平面を作ります。その平面がクルリと巻いてストローのようになり、更に一層だけでなく何層にも同心円状に重なったものがCNTです。一層だけのチューブで形成されているものが単層CNT(Single-Wall CNT: SWCNT)、複数の層からなるものが多層CNT(Multi-Wall CNT: MWCNT)と呼ばれます。SWCNTは細く、直径は数nmで、絡まって毛玉状のものが多いのですが、MWCNTは直径の範囲が広く、毛玉状のもの、直線状のもの、枝分かれしたものなど形状が多岐に渡ります。性質としては、軽量で強度が高く、導電性があるために、工業面での応用が期待され、現在のところ、スポーツ用品や風力発電のブレード、建築材料、導電性樹脂、燃料電池などに利用され、今後の活用が期待されています。
 ところが、直径や長さが様々なCNTですが、一部のCNTは形状がアスベストに似ており、さらに水溶性が低く体内での寿命が長いことが推測されるため、アスベストと同様に生体への影響があるのではないかと疑われて、生体影響に関する研究が進められて来ました。中でも今回の新聞記事で示されているMWNT-7は多くの試料が生体影響研究に提供されて研究が進みました。国際保健機構(WHO)の機関である国際がん研究機関(IARC)の評価では、MWNT-7はグループ2B(ヒトに対する発がんが疑われるもの)に分類され、その他のCNTはグループ3(ヒトに対する発がん性について分類することができない←情報不足で発がんがあると言い切れない)に分類されています。ヒトの発がんを含めCNTの生体影響については、他のCNTを含めてまだ情報が少ないのが現状です。しかし、ナノマテリアルについては、粒子が小さいことによる生体影響が懸念されることもあり、予防的に対策を取ることが進められています。2008年と2010年(改訂版)に通達が厚生労働省から発出されており、( http://www.jniosh.go.jp/publication/doc/houkoku/nano/files/mhlw/Notification_0331013.pdf )、ナノマテリアルを取り扱う場合の指針になっています。

2. CNTの測定法と測定結果


 指針では、作業環境におけるナノマテリアルの飛散の把握、作業者のばく露の推定、発生源対策、対策の効果の評価のためにナノマテリアルの環境中の濃度を測定することを推奨しています。空気中に存在する微小な数百nmの粒子を計測するときには、粒子の重量が小さく重量測定が難しいため、クリーンルームの環境管理に使用されるような粒子の個数を測定する装置が用いられます。粒子の物理的な性状を基に、光の散乱や、粒子の電荷と移動速度を利用した方法などによるリアルタイムまたは数分程度の短時間で数値が得られる測定装置です( www.jniosh.go.jp/publication/mail_mag/2013/56-column.html )。これらの装置をCNTの測定に使用することを考えてみます。これらの装置は、比重が1g/㎤の球形の粒子であると仮定して較正されていますが、CNTは個々の繊維自体が様々な形状である上に、CNTが集まった凝集粒子は異なる比重の塊として飛散するために測定値の解釈が難しくなります。また、これらの装置は、どのような粒子でも化学組成によらず単に粒子として数えてしまうために、CNT以外にも環境中の粒子(自動車等の化石燃料を使用するエンジンからの排出粒子や焼却により発生する粒子、溶接ヒュームなど)があると、個数をより高い値で示してしまいます。リアルタイム測定装置は簡便で便利な装置ですが、作業場の環境について理解していないと、誤った解釈をして、適切な環境対策ができなくなることがあります。
 では、どうすればCNTだけを測定することができるでしょうか。
 ディーゼル排出粒子の健康影響が問題になった1990年代以降、空気中のすす(ブラックカーボン)を測定する方法が開発されました。米国労働安全衛生研究所(NIOSH)ではディーゼル排出粒子を推定する方法として、炭素分析法を用いたNIOSH分析マニュアルNo.5040を提案しています。また、この測定法を作業環境のCNTを推定する方法として用いて、作業環境の測定を行ったデータを公表しています。一般大気についても、ディーゼル排出粒子が一般大気に影響を及ぼす程度を評価するために、炭素分析が用いられています。作業環境と一般環境で異なる分析装置で異なる分析条件を使用していますが、どちらの方法でもヘリウム気流下で揮発せず、温度を上げて酸素を添加することにより燃焼する炭素を、元素状炭素(EC)と定義しています。当研究所では従来の方法からCNT測定に適した部分を組み合わせ、かつ日本で生産される品質の良い、結晶性の高いCNTの測定が可能な条件を設定して分析することとしました。当研究所で実施している方法は次のとおりです。
 炭素分析装置(Sunset Laboratory社)の構成は図1のようになっています。空気中の粉じんを捕集したフィルターを試料オーブンに入れ、ヘリウムを流しながら,続いて酸素を加えて段階的に加熱し,気化あるいは燃焼して生成する有機性の炭素や燃焼生成物の炭素成分を酸化触媒により二酸化炭素に酸化した後、メタネータで還元して得られるメタンを水素炎イオン化検出器(FID)で測定します。例えば、直径が100 nm前後の相対的に太いMWCNTを分析すると、920℃まで温度を上げればCNTが燃焼します。直径が数十nmの細いMWCNTは殆どが700℃で燃焼し、中間の太さのCNTは700℃と920℃で燃焼します。そこで、700℃と920℃で燃焼する炭素の量を合計すると、MWCNTの量を知ることができます。
 実際に作業環境において測定すると、大気中の粉じんに含まれるすすが、CNTよりは低温で、550℃または700℃で燃焼する炭素として観察されます。CNTは集合してマイクロメートルの大きさの塊を作りますが、大気中のすすは500 nm以下の微細な粉じんになっていますので、粉じんを大きさ別に集めて、大きな粉じん中の700℃と920℃で燃焼する炭素をCNT、小さな粉じん中の550℃と700℃で燃焼する炭素をすすと定義すれば、CNTとすすを分けて測ることができます。前述したリアルタイム測定装置では粉じんの種類を見分けることができませんが、この方法ならば、時間はかかりますが、CNTとすすを分けて測定することができます。



図1 炭素分析装置

 実際にCNTはどんなところで取り扱われているでしょうか。図2に示すように、CNTの製造作業ばかりでなく、CNTを加えて樹脂を作る、塗布用の液体を作る作業などでも粉体としてCNTを取り扱います。そこから先では、CNTを含む液体や樹脂を取り扱うことになりますので、CNTに接触する機会は減少します。また、リサイクルや焼却処分では樹脂とCNTが分離してしまう可能性もありますから、僅かとは言え作業者がCNTに接触する機会は存在します。当研究所では、複数の事業場(図2で青色にした工程)でCNTの測定を実施しました。いずれの工場でも通達に沿って適切な対応がなされており、環境中の濃度が、独立行政法人産業技術総合研究所が提案している、職場でのばく露限界値0.030 mg/㎡を超えることはありませんでした。測定させていただいた事業場では、さらに安全な環境を目指して環境改善を進めていました。
 測定した値を知ることにより、環境管理が適切であることが分かり、作業する方も安全な環境で作業できることが分かるので、測定は作業環境管理に大変有効です。


図2 CNTのライフサイクル


3.CNT取扱い作業場における取扱い時の注意点


 さて、CNTを取り扱うときにはどのようにすれば良いでしょうか。これまでの当研究所が現場で見せていただいた良好な事例と厚生労働省からの通達を基に、リスク管理の要点を簡単にまとめます。
 粉体のCNTを扱う場合、CNTはかさ比重が小さく、飛散しやすいものが多いので、隔離できるスペースで取り扱うのが望ましく、実験室ならばドラフト(高性能フィルター(HEPA)付き)や簡易に隔離空間を作れる卓上型のグローブボックスなどを使用します。呼吸用保護具は、使用量や使用環境ごとに通達に従って選択し、必ず着用します。半面型・全面形の取り替え式粉じんマスクを使用する際は、クラス3の防護性能の高いものを使用します。眼を保護するためにはゴーグルを着用します。また、衣類や手に付着したCNTで周囲を汚染しますので、布製ではなくプラスチック製の保護衣や手袋を作業時に着用し、作業場所から出るときには脱ぎます。掃除はHEPAフィルター付きの掃除機か、濡れた雑巾等を使用して行い、掃除機の排気で汚染域を広げないように注意します。CNTで指定の範囲以外を汚さないように、保護具の着脱の場所や保管場所を決めておきます。CNTの付着したゴミは、密封してから所定のゴミ箱に捨てますが、CNTは燃焼しにくいので高温での焼却が必要になります。
 次に、溶液に分散したCNTを扱う場合ですが、溶液が飛散して乾燥すると、CNTまたはCNTと溶液中の成分が混じった粉じんが出る可能性があるので、防じんマスクと手袋の着用が望ましいでしょう。CNTが液体に混じっている分散液についても組成を確認し、呼吸用保護具の種類と手袋の材質を決定します。溶液が飛散する範囲は拭き掃除をして、いつも清浄を保ちます。CNTを含む廃液を入れるタンクは密栓し、タンクの口や周囲を常にきれいに保ちます。
 最後に、CNTを含む樹脂を加工する際の注意点です。欧州を中心にCNTを含む樹脂にヤスリ掛けやドリルによる孔開け試験、建材の耐候性試験などが実施されています。多くの場合、特に製品レベルの樹脂ではCNT単体で脱離する例は少ないのですが、試作品レベルではドリルの孔開けのように強い力を掛けると、単体が出る可能性があるようです。CNTを含む樹脂くずが発生するのは間違いないので、その毒性が低いとは言え、予防的に防じんマスクを着用することをお勧めします。前述の炭素分析を行い、樹脂とCNTを足した濃度がばく露限界値を超えないように、時々モニターしながら安全側で管理していく手法もあるようです。
 最後に、CNTを含む樹脂を加工する際の注意点です。欧州を中心にCNTを含む樹脂にヤスリ掛けやドリルによる孔開け試験、建材の耐候性試験などが実施されています。多くの場合、特に製品レベルの樹脂ではCNT単体で脱離する例は少ないのですが、試作品レベルではドリルの孔開けのように強い力を掛けると、単体が出る可能性があるようです。CNTを含む樹脂くずが発生するのは間違いないので、その毒性が低いとは言え、予防的に防じんマスクを着用することをお勧めします。前述の炭素分析を行い、樹脂とCNTを足した濃度がばく露限界値を超えないように、時々モニターしながら安全側で管理していく手法もあるようです。
 日本製のCNTは品質が良いこともあり、貴重な素材ですが、外気にむき出しになる製品ではなく、一般消費者が直接触れないよう密封化した製品で使用されると安心感が高まります。また、生体影響に関するデータが充実することで、作業場における管理体制が将来的に変化していくと思われます。

(環境計測管理研究グループ部長 小野真理子)

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