労働安全衛生総合研究所

水素爆発減災システムの開発

1.はじめに


 水素は二酸化炭素を出さない、クリーンな燃料として注目を集めています。その一方で、都市ガスの主成分であるメタンやボンベ供給されるプロパン、あるいはガソリン等に比べて極めて扱いの難しい燃料としても水素は知られています。爆発のきっかけとなる着火について述べれば、水素と空気の混合気は4〜75 vol%の範囲で着火することが知られており、メタンの5〜15 vol%に比べて非常に広い濃度範囲で着火します。着火エネルギーの面でも水素はおよそ0.02 mJの電気火花で着火でき、この値はメタンの1/10程度であることが知られています。この二つのデータは、メタンよりはるかに爆発しやすいことを示しています。また、水素と空気の混合気の燃焼速度はおよそ3 m/sと、メタンの10倍程度であることも重要です。開放空間での爆発によって発生する爆風の最大圧力は火炎の伝わる速度の2乗に比例することがわかっていますので、メタンと比べると100倍高い圧力の爆風を発生させます。爆風の最大圧力が100倍ということは、100倍の距離まで、例えば窓ガラスを割るといった影響を与えます。その結果、爆風が影響を及ぼす面積を考えれば、さらに2乗となり1万倍の面積に危害を与えます。このように爆発しやすさの面からも、爆風の強さの面からも水素は危険な燃料であり、一度水素が漏洩すれば甚大な災害となる可能性は、他の燃料と比べてはるかに高いと言えます。水素を安全に利用するために漏洩を防ぐ手立てを考えることは重要ですが、漏洩してしまった状態で爆発災害の規模を低減させる、すなわち減災の考え方も同様に重要です。そこで当研究所では、名古屋大学吉川典彦教授の発案された水素爆発減災システム1)について、芝浦工大斎藤寛泰准教授とともに平成24〜27年度経済産業省資源エネルギー庁「発電用原子炉等安全対策高度化技術基盤整備事業(水素安全対策高度化)」の一環として実験を行ったので、ここにご紹介します。


2.水素爆発減災システムの概要


 水素爆発減災システムの概念図を図1に示します。このシステムは、水素ガスが滞留した容器又は建屋内で爆発が発生した際に、容器に開口部を設けガスを排出して圧力上昇を防ぐ放散口の役割を担わせるとともに、その開口部に消炎装置を設置し火炎の通過を抑止して開放空間における爆発を防ぎます。また消炎装置の外側には爆発ガス捕集バッグを設置し、水素の拡散と同時に内部の有害物質の飛散を抑制します。本システムの一連の機能は水素による爆発に限ったものではなく任意の可燃性物質の爆発に適用できます。また、内部に元から存在するガス・粉じん自身の他、燃焼に伴って生成する有害物質も捕集できます。容器内での燃焼が治まると、内部の既燃ガスの熱が周囲に伝わり既燃ガスが冷え収縮するため、容器内で圧力が下がります。その結果、捕集バッグ側に出たガスも上流側に戻ります。水素の場合は、燃焼で生成する水の凝縮によって容器内は初期圧力を下回るため、爆発ガス捕集バッグ内のガスは全て容器内に戻り、バッグ内での二次的な爆発の可能性が自動的に下がります。


図1 水素爆発減災装置概念図

 本システムでは、消炎装置が確実に水素火炎の通過を抑止することが重要になってきます。水素と空気の混合気の火炎は、0.3 mmより大きい隙間を通り抜けることがある2)(この隙間を最大安全隙間:Maximum Experimental Safety Gap=MESGと呼びます)ため、ガスの流路をなるべく狭くする必要があります。しかし、あまり狭くしてしまうと未燃のガスを捕集バッグへ排出することが困難になり、爆発時の圧力放散の機能が損なわれてしまいます。また、圧力放散の機能を向上させるためには容器又は建屋の開口部の面積を大きくする必要があり、その全てを消炎装置で覆う必要があります。配管などでは、消炎装置として焼結金属やクリンプリボンと呼ばれる波状に整形された板を重ねたものを利用しますが、そのどちらも大きな面積を覆うことが困難なため、本研究では目開き0.3 mm未満のステンレス製金網を用いて火炎の通過を抑止することとしました。

3.爆発実験


 平成27年度に行った爆発実験の装置外略図を図2に示します。一辺1175 mmの立方体ステンレス製容器の面に対して、475 mm角の開口部を持つよう金網を4セット設置した上に、火炎の挙動を見るために捕集バッグとして透明なビニール袋を被せた構成になっています。容器は、開口部を大きく取るために、容器には側面全てを使えるよう製作してあります。爆発実験の動画を図3に示します。この実験では、左右の両面を使い、左側には20枚の金網を重ねて設置し、右側には5枚の金網を重ねて設置しました。右側は火炎の通過がより観測しやすいようビニール袋ではなく平らなビニールを張って設置しました。左側は消炎に成功していますが、右側の消炎装置を通過した火炎が強い爆風を生み、周囲の測定装置ケースを破損させました。左右両側を金網20枚重ねで構成した実験の動画を図4に示します。火炎の通過が抑止できていることは一目瞭然ですが、同じ距離から同じ機材で撮影した二つの動画を比較して、爆発音の違い、爆発後のカメラの揺れにもご注目ください。


図2 実験装置概略図

爆発実験動画(金網枚数左20枚、右5枚)
図3 爆発実験動画(金網枚数左20枚、右5枚)(クリックで再生します)

爆発実験動画(金網枚数左20枚、右20枚)
図4 爆発実験動画(金網枚数左20枚、右20枚)(クリックで再生します)


 本研究では1 L容器から、一辺2 mの8 ㎥容器までを用いて実験しましたが、その爆発圧力の低減効果に加えて、既燃ガスの冷却にともなって戻ってくるバッグ内の未燃混合気が消炎装置付近で燃焼を継続することで水素又は酸素を使い果たす現象も観測されました。このガスの引き戻しに支配される緩慢な燃焼により、ガスのなくなる捕集バッグ内に加えて容器内部でも二次爆発も発生しなくなります。今回用いた金網では、水素と空気が過不足なく反応する最も消炎が難しい条件である水素29 vol%の混合気(MESG0.3 mm)の爆発に際して10枚重ねで消炎でき、同条件で密閉された容器では700 kPaとなる爆発による圧力上昇が40 kPa弱まで低減できることがわかりました。


4.おわりに


 水素はMESGの面でもアセチレンと並んで一番小さく、消炎が難しい可燃性ガスですが、金網を重ねることで、爆発圧力の放散機能を損なうことなく、大規模な消炎装置を構成することができました。一般にメタンや有機溶剤ではMESGが大きいため、より容易に爆発圧力の放散機能を保ちつつ消炎することが可能です。今回開発しました水素爆発減災システムが、水素に限らずより広範な可燃性物質に対して、貯槽、反応容器、集塵機等へ適用されることを願っております。



参考文献

  1. 安全装置, 特許第5747019号
  2. International Standard, “Flame arresters – Performance requirements, test method and limits for use”, ISO 16852:2008, (2008)

(化学安全研究グループ 上席研究員 大塚 輝人 )

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