労働安全衛生総合研究所

WBGT指数による暑熱環境評価と,電子式WBGT測定器のJIS化について

1.はじめに


 近年、熱中症が多発していることが社会問題となっています。職場環境だけでなく、一般生活環境、学校環境、スポーツ環境といったところで熱中症が発生し、少なくない人が命を落としています。熱中症を防止するためには、まず暑熱環境を測定・評価することが第一で、そのための指標として広く用いられているのがWBGT指数(Wet Bulb Globe Temperature, 湿球黒球温度)です。これはISO 7243として国際基準となっている1) 他、我が国でもJIS Z 8504として規格化されています2) 。厚生労働省も職場における熱中症対策として、WBGT指数を活用するよう通達を出しており3) 、一般生活環境、スポーツ環境においても同様にWBGT指数による暑熱環境の評価が標準となっています。このように、熱中症を防止するためには、まずWBGT指数を測定し、暑熱環境を把握することが必要です。


2.WBGT指数(湿球黒球温度,暑さ指数)とは?


 WBGT指数とは、自然湿球温度,黒球温度,乾球温度の3つの数値から計算で得られる数値です。

  • 自然湿球温度・・・水で湿らせたガーゼにくるんだ温度計で測定された温度で、湿度と気流の影響を評価するものです。
  • 黒球温度・・・黒色に塗装された薄い銅板の中空の球の中心で測定された温度で、太陽光による輻射熱を評価するものです。
  • 乾球温度・・・通常「気温」と呼ばれる温度です。

 日射のある/なしによって算出方法は異なりますが、下記の計算式にて求めることができます。
日射のある場合・・・WBGT=0.7×自然湿球温度 + 0.2×黒球温度 + 0.1×乾球温度
日射のない場合・・・WBGT= 0.7×自然湿球温度 + 0.3×黒球温度

WBGT指数は気温、湿度だけでなく、気流(風速)の影響をある程度評価することができるとされています。これは、自然湿球が気流による気化の影響を受けることと、黒球が気流によって冷やされることによるものです。実際の熱中症リスクも気流の有無によって影響があることが知られており、WBGT指数が気流の影響を受けること、ならびに気流の影響を受けるWBGT指数を指標として用いることは理にかなっています。


3.市販WBGT測定器の現状


 ISO 7243ならびにJIS Z8504では、WBGT指数は自然湿球ならびに直径150mmの黒球を用いて測定すると規定されています。実際にWBGT指数を測定するためには市販のWBGT測定器を使うのが一般的ですが、市場では様々な測定器が販売されており、どのような測定器を用いて暑熱環境の評価を行うべきかが問題となります。理想的なのはISO(ならびにJIS)の規定に沿った、あるいは黒球のみ小型化した「黒球付き・自然湿球型」の測定器(図1の①)を用いることですが、残念ながら一台数十万円と高価であり、かつ自然湿球の管理が難しいため、一般的ではありません。市販のほとんどのWBGT測定器は自然湿球の代わりに半導体型の湿度センサーを用い、演算にて自然湿球温度を算出しています。また、黒球についても規定の直径150mmよりも小さいものが使われている測定器がほとんどです(図1の②)。これらの測定器は安価で取扱いが容易なため広く用いられていますが、WBGT指数の7割を占める自然湿球値を湿度センサーの測定値からの演算に頼っていること、および気流の影響を評価できないことから、測定値の正確さの問題が懸念されます。また、市販WBGT測定器の中には黒球を持たないものも存在しますが、WBGT指数の構成要素である黒球温度を評価できないことから、測定値の正確さの点では非常に問題があると考えられます(図1の③)。



図1 各種市販WBGT測定器
(①・・・自然湿球型,②・・・湿度センサー型,③・・・黒球のない簡易型)

 実際に筆者は様々な市販WBGT測定器による並行測定を行い、それぞれの測定値の比較を行いましたが、その結果、特に黒球を持たない「簡易型測定器」については測定値の正確さに問題があることがわかっています(図2)4)。図中の赤線が図1の①で示した「自然湿球型」、青線が②で示した「湿度センサー型」による測定結果で、これらは機種間の差はありますが、概ね一致した結果を示しているように思われます。その一方で、緑の点線で示した①「黒球のない簡易型」の測定結果は大きくはずれており、屋外でのWBGT測定用としては使用に耐えないと言わざるを得ません。建設作業現場などで、このような簡易型測定器を腰に付けている作業者を見掛けますが、正しく暑熱環境を評価できているのでしょうか?



図2 各種市販WBGT測定器による、快晴の夏季屋外におけるWBGT指数の測定結果

4.電子式WBGT測定器のJIS化の経緯

 このような現状から、広く普及している電子式WBGT測定器(黒球を持ち、自然湿球の代わりに湿度センサーを有するもの)の規格化を行うことにより、測定器の精度を担保しようという動きが起こりました。平成27年9月に中立側・使用者側・製造者側の委員で構成されるJIS原案作成委員会が一般社団法人電気計測器工業会(JEMIMA)を事務局として組織され、当研究所からも澤田晋一特任研究員が委員長、筆者(齊藤)が分科会主査として参加し、約一年間にわたって規格化の協議を重ねてきました。その結果、平成29年3月21日付でJIS B 7922「電子式湿球黒球温度(WBGT)指数計」として発行されるに至りました(図3) 5)




図3 JIS B 7922「電子式湿球黒球温度(WBGT)指数計」の表紙

5.JIS B 7922の概要


 今回制定されたJISは、広く市販されている「黒球を有する、湿度センサー型の電子式WBGT測定器」を対象とするものです。前述の通り、このタイプの測定器は自然湿球値を湿度センサーの測定値から演算によって算出していること、ならびに気流の影響を評価できないという問題があります。そこで、過去の研究によって示されている相対湿度から自然湿球温度への近似換算式、ならびに小型の黒球による黒球温度から直径150mm黒球温度への近似換算式を用い、どの程度の精度のセンサーを用いればWBGT値の精度が保たれるか検討しました。その結果、湿度センサー、黒球温度センサー、気温センサーのそれぞれの精度を規定することにより、演算によって得られるWBGT指数に見込まれる誤差の限界を「クラス」として規定することとしました(クラス1:±1℃、クラス1.5:±1.5℃、クラス2:±2℃)。これは温湿度ならびに風速の条件が最も厳しい場合において想定される最大の誤差であり、通常想定される使用条件では、この誤差よりも小さくなる可能性が高いと考えられます。
 一方で、自然湿球温度および150mm黒球温度の近似換算には風速の値が必要ですが、市販のWBGT測定器では風速を測定していないため、ある一定の風速を仮定して設計する必要があります。このため、設計時に想定した風速から実際の風速がずれるに従って誤差が大きくなることが予想されますが、特に微風速~無風環境では本来のWBGT指数よりも低い値となり、暑熱環境の過小評価に繋がる恐れが指摘されています。このことから、今回のJISでは、精度を担保しうる風速範囲を0.3~3 m/s、実用上使用しうる風速範囲を0.3 m/s以上としました。無風下、あるいは微風環境下にて使用する際には注意が必要です。


6.今後の課題


 今回、電子式のWBGT測定器のJISを制定したことにより、市販測定器の精度が一定範囲に保たれ、熱中症予防に寄与することが期待されます。一方で、現段階では幾つかの課題が残っていることが明らかとなっています。
 一つ目は、WBGT指数、特に黒球温度の評価・検定方法が未整備であることです。本来であれば、測定器自体の精度管理を一定の気温、湿度、ならびに輻射熱の環境下にて行うべきですが、現段階においてはそのような精度管理の方法が確立されておらず、検定を行う施設も存在しません。従って、今回のJISでは用いるセンサー自体の精度からWBGT指数の誤差範囲を演算により推定し、「クラス」という形で精度を担保することとしました。しかしながら、検定方法ならびに検定機関が存在しないことから、JISとしての認証を行える体制にはなっていません。今後、検定方法ならびに検定施設の整備について検討する必要があると考えられます。
 二つ目は、気流の影響の評価です。電子式WBGT測定器は気流の影響を評価することが出来ず、設計時の想定風速域から外れると本来のWBGT指数からの誤差が大きくなるという欠点があります。特に無風~微風域では暑熱環境の過小評価に繋がる可能性があります。このことから、気流の影響を評価可能な測定器や、無風~微風下でも精度良く測定できる測定器の開発が求められます。
 このように課題も残っていますが、世の中で広く使われている電子式WBGT測定器の規格が定められたことで、熱中症防止に必要なWBGT指数の測定を精度良く行うことが可能となり、熱中症予防に寄与することができると考えられます。今後、残された課題を解決するために、必要な研究を実施していく必要があります。


参考文献

  1. International Standard Organization. Hot environments – Estimation of the heat stress on working man, based on the WBGT-index (wet bulb globe temperature). ISO 7243: 1989.
  2. 日本工業規格.人間工学—WBGT(湿球黒球温度)指数に基づく作業者の熱ストレスの評価—暑熱環境.JIS Z 8504: 1999.
  3. 厚生労働省労働基準局:熱中症の予防対策におけるWBGTの活用について.平成17年7月29日,基安発第0729001号.
  4. 齊藤宏之,澤田晋一:夏季屋外環境における簡易型を含む市販WBGT測定器等の測定精度に関する検討. 労働安全衛生研究 8(1) 41-48, 2014.
  5. 日本工業規格.電子式湿球黒球温度(WBGT)指数計.JIS B 7922: 2017.



  6. (人間工学研究グループ 上席研究員 齊藤宏之)

刊行物・報告書等 研究成果一覧