労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.42 の抄録

  1. 災害復旧建設工事における労働災害の防止に関する総合的研究
  2. 蓄積性化学物質のばく露による健康影響に関する研究
  3. メンタルヘルス対策のための健康職場モデルに関する研究
  4. 健康被害が懸念される産業化学物質の毒性評価に関する研究
  5. 多軸全身・多軸手腕振動ばく露における人体への心理・生理作用の評価方法に関する研究

No.1 災害復旧建設工事における労働災害の防止に関する総合的研究

序論

SRR-No42-1-0
高梨成次, 伊藤和也, 大幢勝利, 日野泰道, 玉手聡, 高橋弘樹, 豊澤康男, 堀智仁, 吉川直孝
我が国は,世界有数の地震多発国であり,過去には幾度も巨大地震による被害を受けており,今後も更なる巨大地震の発生が危惧されている.また,大型台風も毎年のように発生しており,建築物の被害や土砂災害が発生している.更には,近年の異常気象に伴ってゲリラ豪雨や巨大竜巻の発生も多発するようになってきている.それら自然災害等が発生した後には,建築物や崩壊した斜面等の復旧工事が必要になることが多いが,これらの復旧工事では迅速性が要求されるため,安全のための十分な調査が行われずに開始されることが多く,復旧工事を行う作業員は不安全な状況下で作業を強いられることが懸念される.このため,本研究では二次災害が発生しやすい状況下での災害復旧工事について,その危険性を明らかにし,現場への労働災害防止対策の提案を行うことを目的とする

地震による災害復旧工事中の労働災害に関する調査・分析-新潟県中越地震・新潟県中越沖地震を対象として-

SRR-No42-1-1
伊藤和也, 野田昌志, 吉川直孝, 堀智仁, 玉手聡, 高梨成次, 豊澤康男, 末政直晃
 近年,我が国では大規模な地震が頻発し,地すべり・崖崩れ・落石などの土砂崩壊災害や住宅などの建築物が倒壊するなどの甚大な被害を受けている.これらの災害発生直後には迅速かつ的確な復旧工事が必要とされるが,損傷を受けた建物の倒壊や斜面の崩壊による二次災害も懸念される.このため,地震により被災した箇所の災害復旧工事について,その危険性を明らかにするとともに,現場への安全情報を提供することが必要である.本論文では,平成16年新潟県中越地震,平成19年新潟県中越沖地震による災害復旧工事における労働災害の発生状況について調査し,地震による災害復旧工事における労働災害の特徴について分析した.

地震により劣化した斜面の崩壊危険性に関する実験的研究

SRR-No42-1-2
堀智仁, 玉手聡, 伊藤和也, 吉川直孝
 近年,我が国では強震度地震が頻発しており,大きな被害をもたらしている.地震発生直後から被災者の救助や被災地への物資を供給するためには寸断された交通網の迅速かつ的確な復旧工事が必要とされる.このような工事は,通常の工事に比べ,斜面の崩壊災害が発生しやすい状況で行われることも多く,その危険性を明らかにする事は喫緊の課題となっている.
 本研究では,地震による斜面崩壊を再現した遠心場振動台実験を行うとともに,地震によって損傷を受けた斜面をモデル化した遠心場掘削実験および実大規模の実験を実施した.その結果,地震で損傷を受けた斜面には亀裂や緩みが生じることが明らかになった.そのため,地震により損傷を受けた斜面における災害復旧工事では特に斜面崩壊に注意が必要であることがわかった.

斜面の浅い部分のせん断ひずみ計測による崩壊監視の提案

SRR-No42-1-3
玉手聡, 堀智仁, 伊藤和也, 吉川直孝
 土砂崩壊は建設業における労働災害の多くを占め,その防止は安全行政における重要なテーマのひとつに位置づけられている.斜面工事では,土砂崩壊自体を防止する安全対策の実施が原則として推奨される措置であり,具体的には土止め支保工の採用による仮設設備の導入や掘削勾配の変更によるハード的な対策が講じられる.しかしながら災害復旧工事では,緩みや劣化を生じた斜面近傍でやむを得ず緊急的に作業する場合があり,崩壊を想定した安全対策も必要となる.従って,災害復旧工事では斜面崩壊自体の防止のみではなく労働災害の防止という視点から安全対策を考える必要がある.そこで本研究では労働者が土砂の直撃を受けないように避難させることを目的に,計測的手法により崩壊予兆の把握が可能かについて検討した.特に本研究では,工事中の仮設的な計測を考慮して設置と使用が容易な「表層ひずみ棒」を考案し,その性能を確認するための大型模型実験を行った.本実験では掘削終了から約7分後に小崩壊が再現され,さらにその9分後に大崩壊が観察された.この時に計測されたせん断ひずみ増分は小崩壊の約7分前から0.01%/分以上を示し,約2分前からは加速度的に増加した.すなわち,崩壊プロセスにはクリープ的破壊モードが確認され,そのモードは比較のため計測した変位のそれとも一致した.以上のとおり,本研究では土砂崩壊による被災防止の観点から表層ひずみ棒による簡易計測を考案し,実験的検討から斜面崩壊の予兆を検知しうる可能性があることを明らかにした.そして警報システムの導入により,崩壊前に現場労働者へ避難を促し,土砂の直撃を受けさせないようにする新たな安全対策を提案した.

施工中の斜面崩壊による労働災害防止のためのモニタリングに関する実地観測

SRR-No42-1-4
伊藤和也, 笹原克夫, 芳賀博文, 土佐信一, 南雲政博, 内村太郎, 王林, 矢野真妃
 治山・林道工事現場における切土掘削工事は,施工途上において斜面の安定性が低下する場合が多く,掘削作業中やその後の斜面近傍作業中に突然斜面が崩壊し,労働災害となる事例が多く報告されている.しかし,斜面崩壊には必ず何らかの前兆現象があり,施工箇所に計測機器を設置して前兆現象を検知できれば労働災害を防止することが可能となる.本報では,実際の切土掘削工事現場にて幾つかの計測機器を設置し,計測機器の施工性,精度,長期安定性の確認を行った.工事全体としては無事に終了したが,掘削作業中において切土掘削範囲近傍に設置した計測機器が微小ながら変化を示し,また長期的にも降雨等によって斜面が変形する様子を確認することができた.

簡易な地山補強土工法による安定効果に関する遠心場掘削実験

SRR-No42-1-5
伊藤和也, 吉川直孝, 林豪人, 堀智仁, 平原直征, 小浪岳治, 丸山憲治
 地震や豪雨災害による地すべり・崖崩れ・落石などの土砂崩壊災害,それに伴う河道閉塞等による交通網やライフラインの寸断は,迅速かつ的確な復旧工事が必要とされる.本研究では通常時だけでなく災害復旧工事のように斜面崩壊によるリスクが高いと判断された斜面を簡易的・仮設的に補強する斜面補強工法について,(1)斜面勾配の違い,(2)補強材の有無等を変化させた遠心場掘削実験を行い,せん断ひずみ分布や変形挙動を各種変位計測およびPIV画像解析等から斜面安定効果を把握した.その結果,1m程度の補強材設置でも斜面補強効果があることが分かった.

旧基準で建てられた木造住宅の耐力と損傷状況

SRR-No42-1-6
高梨成次, 大幢勝利, 高橋弘樹
 近年,集中豪雨や大地震により,建築物等が甚大な被害を受けている.これらによって被害を受けた建物の補修工事,被災者の救助作業や二次災害防止のための工事には,迅速性が要求される.そのため,これらの災害復旧工事は,安全のための十分な調査を待たずして開始されることが多く,これに携わる作業員は不安全な状況下での作業を強いられることがある.さらには平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では,強震とされる震度階5を超える大きさの余震が何度となく観測されている.本震によって被害を受けた建築物がこのような余震によって,倒壊する等の被害が拡大することが危惧されている.このため,損傷を受けた建築物の崩壊・倒壊が危惧される災害復旧工事について,その危険性を明らかにし,現場への安全情報の提供および安全作業の提案が急務である.そこで,本論文では損傷を受けた木造建物の解体工事や改修工事を行う際の労働者や建設機械等の立入制限等の指標を示すために,建物外壁の損傷状況と残余水平耐力の関係の一例を示した.

損傷を受けた木造住宅の余震による倒壊危険性に関する研究

SRR-No42-1-7
高梨成次, 大幢勝利, 高橋弘樹
 我が国は,世界有数の地震多発国であり,過去には幾度も巨大地震によって建築物が倒壊するなどの甚大な被害を受けてきた.現在も東海,東南海地震および関東地方を中心とした首都圏直下型地震の発生が危惧されている.このような自然災害に対して,建築物の被害を完全に回避することは,経済性や機能性確保のため困難である.そのため災害が発生した後には,建築物の解体・撤去工事や補修工事が必要になる.復旧工事を行うに当たり,被害を受け不安定になった建築物が,余震を受けた際の倒壊危険性に関する検討は,これまで殆ど行われてきていない.本研究では,既に損傷を受けた建築物が,余震を受けた際の倒壊危険性について,新耐震設計法以前に設計された標準的な木造住宅をモデル化し,本震による損傷度合いと本震に対する余震の大きさの比率をパラメータとした地震応答解析によって検討を行った.その結果,本震によって,ある一定以上の損傷を受けた木造建築物は,余震によって損傷が進行し,倒壊する危険性が高くなることが分かった.

地震被害を受けた木造住宅に対する簡易補強効果に関する研究

SRR-No42-1-8
高梨成次, 大幢勝利, 高橋弘樹
 近年,日本では東海地震,東南海地震をはじめとした海洋型の地震に対する備えの必要性が議論されてきた.さらに,平成23年の東北地方太平洋地震いわゆる東日本大震災が発生した直後からは,関東地方を中心とした都市直下型の地震が危惧され始めている.こられの大地震が発生した場合には,相当数の木造建築物が被害を受けることが予想されている.これら被害を受けた建築物の補修工事には迅速性が要求される.そこで,震災後の混乱時においても,地震被害を受けた建築物に対して,比較的容易に実現が可能であろうと考えられる耐震補強方法を提案した.その補強効果を定量的に評価するための実験を実施した.その結果,一定の効果が得られることが分かった.

損傷を受けた木造住宅内の作業安全確保のための簡易余震対策の検討

SRR-No42-1-9
高橋弘樹, 高梨成次, 大幢勝利
 地震により損傷を受けた建物の復旧作業を行う場合,損傷を受けた建物に仮設構造物などを用いて倒壊防止のための補強を行い,復旧作業などを行うことがある.しかし,その補強の効果は分かっていないため,作業員は不安全な状態で作業を行う可能性があり,作業中に余震が発生して,建物が倒壊し,作業員が被災する可能性が考えられる.本研究では,損傷を受けた建物において作業を行う労働者の安全確保を目的として,わく組足場またはパイプサポートを建物に設置して,その補強効果を検証する実験を行った.その結果,自立できない程損傷した軸組に敷板をひいて床付き布わくを取り付けた足場を設置することで,中小の地震(地震動の最大加速度80〜100gal)に耐えられる程度の補強効果がある結果が得られた.また,パイプサポートも窓枠などの開口部に筋かいのように置いて使用することで,中小の地震に耐えられる程度の補強効果がある結果が得られた.ただし,パイプサポートは,被災して窓枠などが損傷していることも考えられるので,予備的な補強材として使用した方がよいと考えられる.

損傷を受けた構造物の改修・解体工事における安全対策−その1 波板スレート屋根工事における墜落災害発生要因の分析−

SRR-No42-1-10
日野泰道
 わが国は,地震や台風などの自然災害が毎年発生しており,その災害復旧工事も毎年行われている.災害復旧工事は,被災した特定地域で複数の工事が同時に実施されるという特殊性,施工構造物の倒壊危険性,住民の生活環境の復旧という緊急性などの特殊事情が存在する.そのため,平時の建築工事における安全対策では考慮しないような別次元の課題が存在する場合があり,それらの課題を迅速に検討しつつ安全確保を行う必要がある.
 そこで本報では,過去20年間における建築工事の災害復旧工事で発生した典型的な労働災害の特徴を抽出し,安全確保の観点から重視すべき工事種別を明らかにした.さらに,その典型的な労働災害として,毎年一定件数の死亡災害が発生している波板スレート屋根補修工事に着目し,波板スレート屋根の基本構造や典型的な施工方法の特徴などから,同種工事における潜在的危険性について明らかにした.これらの検討を通じて,波板スレート屋根の解体・補修工事における安全性を確保するための検討項目について整理した.

損傷を受けた構造物の改修・解体工事における安全対策−その2 波板スレート屋根工事で使用する踏抜防護シートの開発−

SRR-No42-1-11
日野泰道
 日本においては,台風・地震などに起因する自然災害が毎年発生し,それに対応する形で災害復旧工事も毎年行われている.特に建築工事の災害復旧工事では,大雨・台風等に起因する波板スレート屋根補修工事において,数多くの墜落死亡災害が発生している.
 本報は,波板スレート工事で使用可能な新しい墜落防止対策として“(仮称)踏抜防護シート”を考案し,その墜落防護性能について実験的に検証を行ったものである.人体の脚部を模擬した落体を用いて実験を行った結果,想定される落体に対して十分な墜落防護性能を有していることが確認された.

損傷を受けた構造物の改修・解体工事における安全対策−その3 波板スレート屋根工事における新しい墜落防止工法の検討−

SRR-No42-1-12
日野泰道
 波板スレート屋根の大雨・台風等に起因する災害復旧工事では,建物内部への雨水の侵入防止等の観点から,緊急性の高いものとなる場合が多い.同工事では高所作業となる場合が多いため,十分な墜落防止対策を講じて作業を実施することが求められるが,その際は,各種墜落防止対策を講ずる間の安全対策についても,適切な対策を講ずる必要がある.
 本報は,波板スレート屋根工事の墜落防止対策を講ずるまでの間の安全対策として,新しく親綱取付金具を考案し,同金具を用いた工法による墜落防護性能について,実験的に検討を行ったものである.実験の結果,波板スレート屋根踏み抜き時に想定される落下高さに対して,十分な強度性能を有していることが本実験の条件下において明らかとなった.


No.2 蓄積性化学物質のばく露による健康影響に関する研究

序論

SRR-No42-2-0
高橋正也
 慢性ばく露による蓄積が懸念される有害物質の中でレアメタルは産業における先端素材の必須の原料となっており,今後も長期的に相当量使用されていくことは確実である.一方,レアメタルの大部分を使用している鉄鋼産業において,ばく露を受けている多くの労働者は交代勤務で働いている.そこで,レアメタルのばく露による健康影響を評価するためにはその作業態様も考慮する必要がある.本研究において,疫学調査では交代勤務に伴うばく露の時間帯の違いによる影響を検討し,動物実験では交代勤務を模したばく露実験を行い,ヒトの健康影響の背景を検証した.製鉄工場の交代勤務者に対する追跡調査では,勤務の時間帯(シフト)によって,シフト後のニッケルおよびクロムの尿中排泄量に差が認められた.より多人数の横断調査では,尿中金属排泄量に交代勤務による差は必ずしもなかったが,ばく露群においては交代勤務群のほうが日勤群より,いくつかの気分の得点が悪化していた.動物実験では,明暗シフト条件(交代勤務モデル)では通常明暗条件より,クロムの肝臓中蓄積量は有意に増加することが確かめられた.以上より,何時に働くか,すなわち何時に有害金属にばく露するかということは,金属ばく露の健康影響を評価する上で重要な条件の一つになる可能性が考えられた.今後,同様の調査研究が進めば,日々の労働衛生管理をはじめ,ばく露基準の策定に際しても,時間毒性学的(chrono-toxicologic)な特性を考慮することで,より健康で安全な労働環境の整備につながるかもしれない.

勤務時間帯の違いが尿中クロム・ニッケル排泄量に及ぼす影響の検討

SRR-No42-2-1
伊藤弘明, 牧祥, 翁祖銓, 王瑞生, 牛僑, 齊藤宏之, 三浦伸彦, 小川康恭, 高橋正也
 ニッケル,クロム等のレアメタルは各種の産業現場でよく使用されており,今後も頻用される見通しであり,その健康影響をより詳しく検討する必要がある.一方,交代勤務・夜勤で働く労働者が増えており,金属工場でも24時間操業に伴い交代勤務が多い.本研究では,有害金属へのばく露の時刻を考慮した健康影響評価が有用と考え,中国の製鉄工場の交代勤務者を対象に,各シフト時の尿中金属排泄量の変化を検討した.中国山西省のニッケル・クロム取扱い事業場において交代勤務者(ばく露あり56名,ばく露なし40名)から日勤・夕勤・夜勤の各シフトの前後(非ばく露群では日勤と夜勤の前後)で採尿し,尿中ニッケル,クロム濃度を測定,クレアチニン濃度で補正して各シフトの前後で比較した.ばく露群におけるシフト前後の尿中金属排泄量の増加はシフトごとに異なっており,日・夜勤では明瞭な中央値の増加が認められたが夕勤ではほとんど認められなかった.勤務時間帯によって尿中金属の排泄されやすさが異なり,特に夕勤で金属の排泄が抑制される可能性が示唆された.工場での生産ライン,作業内容,作業量は全シフトを通じてほぼ一定であることから各シフトでばく露もほぼ一定とみなせると考えられるため,尿中金属排泄の日内リズムやその撹乱が問題ではないかと思われた.このような時間毒性学的(chrono-toxicologic)な見地からの検討は従来行われておらず,貴重な知見といえる.

中国の某ステンレス製鋼所におけるニッケル・クロムばく露と健康影響

SRR-No42-2-2
齊藤宏之, 伊藤弘明, 王瑞生, 三浦伸彦, 高橋正也, 牧祥, 髙川純那, 商恵珍, 牛僑, 小川康恭
 ステンレス鋼製造工場労働者におけるニッケル・クロムへのばく露状況とそれによる健康影響を評価する目的で,中国内陸部にある某ステンレス製鋼所に勤務する男性従業員を対象としたアンケート調査,POMS(気分プロフィール検査),ならびに尿中金属濃度,尿中8-OHdG濃度測定を実施した.その結果,尿中ニッケル・金属濃度についてはばく露によって有意に高かったが,交代勤務による有意な差は見られず,8-OHdGについてはばく露・交代勤務のいずれとの関連も見られなかった.自覚症状に関しては幾つかの項目でばく露群の方が有意に高い傾向が見られたほか,POMSに関してはばく露ならびに交代勤務による影響が見られた.ステンレス鋼製造工場は有害物質へのばく露ならびに交代勤務という側面を持っている職場であることから,作業者の健康影響を適切に把握しながら操業する必要があるものと思われる.

夜勤・交代勤務と血清中25-OHビタミンD濃度の関連

SRR-No42-2-3
伊藤弘明, 翁祖銓, 齊藤宏之, 小川康恭, 中山邦夫, 大平雅子, 森本兼曩, 牧祥, 高橋正也
 勤務形態の多様化に伴い労働者の生活時間帯が多様化し,生活時間帯のずれによる健康影響が危惧されている.夜勤のある交代勤務者は日光照射の機会が減少しビタミンD不足になることが懸念される.長期間の交代勤務による骨粗鬆症性骨折リスクの上昇が米国の看護師を対象とした疫学研究によって示されており,これには夜勤・交代勤務によるビタミンD不足が一因として疑われているが,夜勤者の25-OHビタミンD(25OHD)濃度を調べて検証した例はまだほとんどない.夜勤を含む交代勤務者に対するレアメタルの長期慢性ばく露の影響に関する研究の一環として,夜勤・交替勤務者に対するレアメタルの長期慢性ばく露が骨粗鬆症性骨折リスクの上昇をどのように修飾するか検討しておく必要がある.その際,リスク上昇の背景要因を検討しておくことは重要であるので,主となる要因の一つであるビタミンDとの関係を検討することとした.本研究では夜勤・交代勤務者の25OHD濃度を測定し,常日勤者のそれと比較検討した.2009年7月下旬に大阪府内の金属取扱工場(総従業員数60名程度)に勤務する夜勤・交代勤務者・常日勤者のうち同意の得られた合計19名から採血を実施した.血清を分離し凍結保存し,25OHD濃度をラジオイムノアッセイ法で測定した.測定に際しては,プール血清から調製したコントロール血清を併行して測定し,測定の再現性を監視した.25OHDは参加者19名全員の血清から測定された.交代勤務者は全員男性であったため,解析対象者を男性労働者(23-62歳, n=14)に限定した.その際,勤務時間帯が不明であった一名を除外した.検定の結果,群間の25OHD濃度に差はなく(p=0.98),勤務時間帯の違いによる差違は観察されなかった.本研究では夜勤のためにビタミンD不足になるという仮説を支持する結果は得られなかった.

明暗シフトがクロム,ニッケルの臓器蓄積量に及ぼす影響

SRR-No42-2-4
三浦伸彦, 大谷勝己
 交代勤務に伴う夜間の光ばく露は,生体リズムを乱調し様々な健康障害を惹起する可能性が指摘されている.ばく露物質の取り込み・排泄に関わる因子の発現も生体リズムを示すことから,交代勤務によるこれら生体因子の発現リズム撹乱は,ばく露物質の臓器蓄積量変動を引き起こす可能性がある.我々はこの様な時間毒性学(chronotoxicology)的視点からの検討が必要と考えている.本研究ではクロムの肝臓中蓄積量が,明暗シフト(交代勤務モデル)によって通常明暗条件よりも有意に増加することをマウスを用いた実験で見出し,また他の金属化合物(カドミウム)でも同様に体内蓄積量が増加することを確認した.この知見は交代勤務が蓄積性金属の体内蓄積量を増加させる危険性を示唆する.一方,交代勤務者は昼夜を問わず職場有害因子にばく露されることから,さらにばく露時刻と毒性発現強度についても調べ,金属化合物への感受性に日内変動が存在することを見出した.本研究により得られた結果は,精度の高いリスクマネージメントに結びつく可能性がある.

No.3 メンタルヘルス対策のための健康職場モデルに関する研究


序論

SRR-No42-3-0
原谷隆史, 倉林るみい, 井澤修平, 土屋政雄
 平成10年から全国の被雇用者の自殺者数が8千人を超える状態が続き,平成23年度の精神障害等の労災認定件数は過去最高となり,厳しい経済状況に対応して職場のメンタルヘルス対策を推進することが強く求められている.本研究では,労働者のメンタルヘルスに関わる健康障害を予防する観点から,労働者の健康と労働効率の向上を目指した健康職場の構築方法を提言することを目的として,企業のメンタルヘルス対策に関する全国調査,健康職場指標に関する労働者の全国調査,健康職場構築のためのマニュアル作成を行った. 従業員100人以上の企業1,782社に全国調査を実施し,職場のメンタルヘルスの実態,対策,効果,組織特性との関連を示した.メンタルヘルス対策に取り組まない主要な理由は専門スタッフがいないことであった.メンタルヘルス対策の必要性は企業の社会的責任として半数の企業で認められ,最も期待する効果は一次予防が多かった.過去1年間のセクハラによる処分,セクハラ以外のハラスメントによる処分,飲酒による処分の割合は0.02〜0.03%,メンタルヘルス上の理由による退職者は0.2%,連続1カ月以上の休職者は0.4%であり,組織風土や人事労務管理による有意差が認められた.労働者のメンタルヘルスの問題だけではなく,組織特性を含めて職場環境を改善することが望まれる.
 健康職場を構築するためには仕事の能率が上がるような環境を目指す必要がある.そこで全国の20歳から65歳の週40時間以上働いている昼間勤務の有職者2,000名を対象に郵送による横断調査を行い,職場健康度のアウトカムとして疾病休業と仕事の成果について,基本属性および職業性ストレス要因の程度による分布を示した.メンタルヘルス対策における職場環境改善等において,職場健康度アウトカムと関連するコントロールやサポートといった職業性ストレス要因に着目することで,仕事の生産性損失を防ぐことにつながる可能性を示した.職場環境改善を進める為には組織レベルの対策が重要である.
 健康職場を構築するためのツールとして,専門スタッフがいない企業のメンタルヘルス対策への取り組みを促すマニュアルを作成した.マニュアルには,上述の,企業がメンタルヘルス対策に取り組まない理由や,労働者が求めるメンタルヘルス情報についても掲載した.対策に取り組まない理由を踏まえて,専門スタッフがいない場合でも比較的簡単に取り組める対策を示した.巻末には内容別のメンタルヘルス関連リーフレット等のリストを「お役立ち情報」として掲載し,現場の利用者の便宜をはかった.

企業のメンタルヘルス対策に関する全国調査

SRR-No42-3-1
原谷隆史, 倉林るみい, 井澤修平, 土屋政雄
 職場のメンタルヘルスの実態,対策,効果,組織特性との関連を明らかにすることを目的として,企業を対象に職場のメンタルヘルス対策に関する調査票を用いて全国調査を実施した.企業データベースから従業員100人以上の全国の企業から企業規模別に8,000社を抽出し,2011年11月に郵送調査を実施し,有効回答1,782社(有効回答率22.3%)を解析した.メンタルヘルス対策に取り組んでいる企業は57.8%であり,取り組む予定がない企業は10.5%であった.専門スタッフがいないことが取り組まない主要な理由であり,経費の問題は比較的少なかった.メンタルヘルス対策の必要性が企業の社会的責任として半数の企業で認められていた.期待する効果は,メンタルヘルス不調の早期発見,発生予防,心の健康増進,人間関係の改善,職場復帰と幅広かった.最も期待する効果は,一次予防が多かった.過去1年間に,セクハラによる処分は0.022%,セクハラ以外のハラスメントによる処分は0.026%,飲酒による処分は0.029%,メンタルヘルス上の理由による退職者は0.22%,連続1カ月以上の休職者は0.39%であり,組織風土や人事労務管理による有意差が認められた.労働者のメンタルヘルスの問題だけではなく,組織特性を含めて職場の心理社会的環境を改善し,健康職場を構築することが望まれる.

健康職場指標としてのアウトカムと関連要因:疾病休業と仕事の成果に注目して

SRR-No42-3-2
土屋政雄, 井澤修平, 倉林るみい, 原谷隆史
目的:
 健康な職場を構築するためには,安全で安心でき,かつ仕事の能率が上がる環境を構築する必要がある.本研究は,日本全国を対象にした労働者に対する調査を行い,職場健康度のアウトカムとして疾病休業と仕事の成果といった仕事の生産性について,基本・仕事属性,および職場ストレス要因の程度による分布を示すことを目的とした.
方法:
 全国の20歳から65歳の週40時間以上働いている昼間勤務の有職者2000名を対象に郵送による横断調査を行った.生産性として過去1年の疾病休業の経験(1週間以上),過去1年の仕事の成果の自己評価をたずねた.職場ストレス要因は職業性ストレス簡易調査票の項目を用いた.
結果:
 返送があった1340名の内,1172名が解析対象となった.疾病休業は男性のみ同僚サポートの低い群で割合が高く,コントロールが高い群で低い割合で見られた.仕事の成果について,男性はコントロールおよび上司・同僚サポート,女性はコントロール,ストレインおよび上司・同僚サポートにおいて有意差がみられ,職場性ストレス要因のよい得点の者は他の者と比べて仕事の成果得点は高かった.一方,疾病休業および仕事の成果は,基本・仕事属性との有意な関連は見られなかった.
結論:
 仕事の生産性の側面からみた職場健康度アウトカムは,コントロールやサポートといった職場ストレス要因と特に関連していた.従来のメンタルヘルス対策での職場環境改善の枠組みが仕事の生産性向上についても有用な可能性がある.

健康職場を構築するためのメンタルヘルス対策マニュアルの作成

SRR-No42-3-3
倉林るみい, 井澤修平, 土屋政雄, 原谷隆史
 従業員100人以上の企業1,782社を対象とした全国調査を行ったところ,対象企業全体では7割がメンタルヘルス対策に取り組んでいるものの,従業員100〜299人規模では,取り組んでいる企業は5割にすぎず,取り組む予定もない企業が13%もあることがわかった.取り組まない最大の理由は「専門スタッフがいない」,次いで「取り組み方がわからない」であった.これらを踏まえ,人事労務担当者を対象として,専門スタッフがいない企業が,メンタルヘルス対策の第一歩を踏み出す際の道案内をするマニュアルを作成した.マニュアルには,現在,企業で行われているメンタルヘルス対策の状況のほか,企業規模別のメンタルヘルス不調者の割合,メンタルヘルス対策への取り組みの有無とメンタルヘルス不調者割合との関係,労働者が求めているメンタルヘルス情報内容とその入手先など,人事労務担当者の関心が深いと思われる情報を入れたうえ,専門家でなくても予算が少なくても簡単に取り組めるメンタルヘルス対策を紹介した.マニュアルは,図を多くして,読みやすくなるよう配慮した.巻末には内容別のメンタルヘルス関連リーフレット等のリストを「お役立ち情報」として掲載し,現場の利用者の便宜をはかった.上記のような特色を持つ,実用的なマニュアルを作成し,末尾に掲載した.

No.4 健康被害が懸念される産業化学物質の毒性評価に関する研究


序論

SRR-No42-4-0
王瑞生, 須田恵, 大谷勝己, 翁祖銓, 北條理恵子, 柳場由絵, 李卿, 那須民江
 エチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)はバイオ燃料としてH22年から本格的に導入された.ETBEに対する先行の毒性研究では,マウスやラットの種々の組織や機能に対する毒性が弱いことが示唆された.しかし,ETBEの生体影響についての研究は必ずしも十分ではない.本プロジェクト研究では,今まで検討されていない生体の遺伝子損傷,免疫系異常等を中心にETBE吸入ばく露後の健康に及ぼす影響について検討し,さらに生体側の種々の因子,例えば,性差,加齢,代謝酵素の欠損などによるETBEの健康障害に対する修飾作用についても検討した.9または13週間ETBEばく露後,野生型マウスの 5,000 ppm群において肝臓小葉中心性細胞肥大や肝細胞DNA損傷などが検出されたが,アルデヒド脱水素酵素ALDH2欠損マウス(KO)では200 ppmの低い濃度においてもDNA損傷などが認められた.しかし,雄性マウスで観察された上記の影響は雌マウスでは5,000 ppmの高濃度群しか認められなかった.老齢マウスではDNA損傷のベースラインが高かったが,ETBEばく露による損傷度の上昇は若齢マウスと殆ど同じであった.ETBEの体内代謝に関与しているもう一つの酵素CYP2E1の欠損マウスでは,ETBEの影響は野生型マウスと比べて特に違いはなかった.遺伝子損傷について更に検討した結果,ETBEばく露後,生体内のDNA酸化損傷度の上昇,8-OHdG数の増加などが観察され,少なくとも酸化ストレスがETBEの生体影響に寄与していることが示唆された.ETBEの体内代謝についても検討し,その結果,ALDH2欠損マウスではETBEばく露後体内にアセトアルデヒドなどの代謝物質が滞留したことが判明し,ETBEによる遺伝損傷などに中間代謝物アルデヒド類の代謝低下が係わっていることが示唆された.ETBEばく露による生体影響として,膵臓におけるT細胞の選択的減少,雄性マウスにおける精子運動能の低下,行動への影響なども観察され,性差またはALDH2欠損による影響も認められた.このように野生型マウスでは最大無毒性用量は500 ppmであるが,ALDH2欠損個体では50 ppmと推定でき,ETBEの毒性に対する感受性が高くなることが示唆された.また,ETBEばく露による種々の損傷の中に性差が明確に認められた.これらの結果からETBEの有害性評価や作業場のばく露限界値設定の根拠となる有益な情報を提供できるものと考えられる.

ETBE吸入ばく露によるマウス肝細胞の遺伝損傷

SRR-No42-4-1
翁祖銓, 須田恵, 大谷勝己, 柳場由絵, 王瑞生
 エチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)はバイオ燃料として平成22年から本格的に導入された.ETBEに対する先行の毒性研究では,マウスやラットの種々の組織や機能に対する毒性が弱いことが示唆された.ETBEの肝臓影響について,高濃度ETBEの慢性ばく露後,動物肝臓の重量増加や肝細胞肥大が観察されたが,それ以外の影響についての報告はない.本研究では,ETBEばく露後,肝臓における障害,肝細胞の遺伝物質の損傷およびETBEの代謝に関与しているALDH2酵素の活性欠損による修飾作用について検討した.ETBEばく露実験は高濃度と低濃度の二つのばく露からなる.高濃度ばく露では,野生型とそのALDH2遺伝子ノックアウトマウス(KOマウス)に0,500,1,750と5,000 ppmのETBEを,6時間/日,5日/週,13週間ばく露させた.肝臓小葉中心性細胞肥大は雄の野生型マウスでは高濃度ばく露群のみにおいて検出されたが,KOマウスは低,中濃度ばく露群においても認められた.コメットアッセイ法による肝細胞中のDNA損傷度を解析した結果,野生型マウスの5,000 ppm群で有意に上昇したが,KOマウスはいずれのばく露群も,非ばく露群との間に有意差が認められた.また,肝組織中のDNA酸化ストレスマーカーである8-OHdG濃度(106 dGで算出した)の変化は,コメットアッセイと類似した挙動を示した.低濃度ばく露実験では,野生型マウスとKOマウスのほか,ALDH2遺伝子のヘテロノックアウト(HT)マウスも使用し,これらのマウスに0 ,50,200と500 ppmのETBEを,6時間/日,5日/週,9週間反復ばく露させた.肝臓重量およびその体重比はETBEばく露による有意な影響が認められなかった.肝臓の小葉中心性細胞腫大はWTマウスではETBEばく露による増加はなかったが,HTとKOマウスの高濃度ばく露群では有意に増加し,軽度のびまん性微細空胞変性も観察された.ETBEばく露による肝細胞DNA損傷はWTマウスにおいては認められなかったが,HTおよびKOマウスでは,低濃度の50 ppmばく露群は対照群との間に有意な変化がなく,200 と500 ppmばく露群は対照群より有意に上昇した.このようにALDH2酵素活性の低い個体では200 ppmの低い濃度のETBEばく露によって肝細胞における遺伝損傷などが検出され,これらの個体においてはETBEの無毒性量が低く,その毒性に対する感受性が高いことが示唆された.

亜慢性ETBE吸入ばく露によるマウス脾臓細胞への影響

SRR-No42-4-2
李卿, 小林麻衣子, 稲垣弘文, 平田幸代, 平田紀美子, 清水孝子, 王瑞生, 須田恵, 川田智之
 ETBEは自動車のバイオ燃料として使用されており,現在その使用量がそれほど多くないが,増加している傾向である.本研究はETBEによる免疫毒性を検討する目的でまずはETBEによる脾臓細胞への影響を検討した.C57BL/6Jと129/SV雄性マウスは6時間/日,5日/週のスケジュールで0 ppm(対照),500 ppm,1,750 ppmおよび 5,000 ppm のETBEにそれぞれ6と13週間吸入ばく露し,最終ばく露の20時間後に解剖して脾臓を採取し,脾細胞を調製し,Flow cytometry法を用いて以下の脾細胞表面マーカーを測定・解析した.(1) T細胞(PerCP-Cy5.5-CD3e),(2) T細胞サブセット(FITC-CD4とPE-CD8a),(3) B細胞(PerCP-Cy5.5-CD45R/B220),(4) NK細胞(PE-NK1.1)及び (5) マクロファージ(FITC-CD11b).末梢血Hb濃度,赤血球数,白血球数,血小板,体重及び脾臓対体重比も測定した.
 その結果,ETBEばく露は一時的に末梢血Hb濃度,赤血球数を増加させたが,体重及び脾臓対体重比には影響を及ぼさなかった.ETBEばく露は,ばく露量に依存して脾臓CD3+ T細胞, CD4+ T細胞,CD8+ T細胞,CD4+ T細胞陽性率及びCD4+/CD8+ T細胞比を有意に減少させることが明らかとなった.一方でETBEばく露は,脾臓NK細胞,B細胞,マクロファージ及び脾臓細胞総数に影響を及ぼさなかった.結論として本研究は,ETBE単独ばく露による免疫毒性を初めて明らかにしたと共に,ETBEが選択的にマウス脾臓T細胞数を減少させることが判明した.

ETBE亜慢性ばく露によるマウスの行動変化について‐行動試験による高濃度ETBEの神経行動毒性の検証‐

SRR-No42-4-3
北條理恵子, 須田恵, 久保田久代, 柳場由絵, 王瑞生
 バイオマスエタノールから生成されるエチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)は,ガソリンの添加剤であり,平成19年から日本でも販売が開始された.本実験は,EBTEの吸入ばく露後のマウスに数種類の行動試験を行い,運動機能への影響を詳細に調べることを目的とした.また,C57BL/6J系マウス(WT)とC57BL/6J系アルデヒド脱水素酵素(ALDH)2遺伝子欠損マウス(KO)に同様の行動試験を行い,ETBEばく露による行動変化の違いを調べた.8週齢の雌雄のWTおよびKOマウスに0,500,1750,あるいは5000ppmのETBEを12週間(6時間/日,5日/週)ばく露した.その24あるいは48時間後にオープンフィールドテストにて活動量を,ロータロッドテストにて運動機能変化の有無を,グリップストレングステストにて上肢の握力変化を調べた.その結果,5000ppmのETBEばく露後のKOのオスと対照群のオスにおいて,オープンフィールドテストでの初発反応潜時,行動距離および行動時間に差異が認められた.ロータロッドテストではKOマウスのオスにおいて,すべてのばく露群で対照群との間に運動機能の差異が認められた.このような対照群との差異はメスには認められなかった.また,WTマウスにおいては雌雄ともにETBEばく露による行動への影響はみられなかった,以上の結果からETBEの毒性が性差およびALDH2により影響を受ける可能性が示唆された.

Aldh2遺伝子ノックアウトマウスにおけるETBE代謝物の体内動態

SRR-No42-4-4
須田恵, 翁祖銓, 柳場由絵, 大谷勝己, 王瑞生
 エチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)はバイオ燃料の一つで,わが国では平成22年度からガソリンに添加されている.一般毒性については,石油産業活性センターによる大規模な動物実験によって低毒性,弱い発がん性があると結論付けられている.しかし,ETBEの代謝にはALDH2という酵素が関わっており,この酵素は日本人労働者の4〜5割の人で活性が低いため,ALDH2の活性が低いヒトへの有害性評価は不十分である.我々はAldh2遺伝子ノックアウトマウス(KO型)を用いた同一プロジェクト内の別テーマの研究で,上記の大規模実験より低濃度から有意な影響が起きるという結果を得た.そのメカニズムの解明の一助とするべくETBEの代謝物の体内動態について調べた結果を報告する.体内動態は3種類の方法で調べた.まず,雌雄のKO型と野生型のマウスをETBE濃度500 ppmで6時間ばく露し,ばく露開始から30時間後までの血液,肝臓,脳,精巣(雄のみ)の代謝物濃度を経時的に測定した.次いで,ETBEやその代謝物であるアセトアルデヒドの代謝速度をETBEで亜慢性ばく露した雌雄の動物の肝臓を用いて二次代謝物等も含めて測定した.最後に雌雄の動物で,実際の労働現場のETBE濃度付近から500 ppmまで5濃度(対照群も含む)6時間ばく露後の尿中代謝物を経時的に測定した.以上の結果からETBEから代謝されたアセトアルデヒドがエタノールとして生体で留保される可能性と,留保への依存度が雌雄で違う可能性が示唆された.また,ETBEの一次代謝物であるターシャリーブチルアルコール(TBA)の血液中の濃度変化や尿中への排出時間が延長することから,TBAの代謝にもALDH2が関与することが示唆された.

ETBEの生体影響に対する雌雄,加齢,遺伝素因の修飾作用

SRR-No42-4-5
王瑞生, 翁祖銓, 須田恵, 柳場由絵, 大谷勝己
 エチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)はガソリンに混合して車両用の燃料として平成22年から本格的に使用されている.動物を用いた毒性研究から,ETBEは基本的に低毒性物質であると判明している.しかし,この物質に対する毒性評価は十分とは言えず,その生体影響に対する懸念からいくつかの国・地域で使用禁止となっている.現在まで,ETBEの毒性評価は一般的な実験動物で行われている.しかし,多様な労働者集団を考慮すると,性,年齢,代謝酵素活性の欠損などの生体因子による修飾作用を検討し,ETBE毒性に対する感受性の変化を明らかにする必要がある.本研究では,種々のエンドポイントからETBEの生体影響に雌雄差が存在することが判明し,雌性マウスより雄性マウスにおいてETBEの生体影響が著しく大きいことを明らかにした.また,若年(2か月)と老齢(15か月)マウスを用いて検討した結果,両者の間に大きな違いがなく,加齢によるETBE作用への修飾はないことを明らかにした.さらにETBEの体内代謝に関与しているCYP2E1およびALDH2酵素の遺伝子ノックアウトマウスを用いて検討した結果,CYP2E1の欠損はETBEによる種々の生体作用に対して殆ど影響を与えないこと,ALDH2の欠損ではETBEの生体作用がより大きく検出され,毒性に対する感受性が高くなることを明らかにした.これらの結果からETBEの有害性評価や職場のばく露限界値設定においては性差や代謝酵素などの生体因子を考慮する必要があることが示唆された.

No.5 多軸全身・多軸手腕振動ばく露における人体への心理・生理影響の評価方法に関する研究

序論

SRR-No42-5-0
柴田 延幸
 平成21年,欧州各国で導入されている手腕振動ばく露作業の作業管理方法にならう形で,我が国も一日当たり(8時間相当)等価振動ばく露量の考え方にもとづいて手腕振動ばく露作業の作業管理を行う方式に移行した.一方,全身振動ばく露に関しては,通達等で座位姿勢における過度の全身振動ばく露の有害性および同振動ばく露低減のための対策とその推進について定性的な指導が行われているにすぎない.将来的には,欧州諸国にならって全身振動ばく露作業従事者の作業・健康管理を全身振動ばく露量にもとづいて行う可能性が考えられるが,手腕・全身振動いずれのばく露評価の場合もその根拠となる周波数補正曲線自体の問題点が指摘されており,これらを規定している国際規格の改正が検討されている.
 本研究では,我が国がこれらの振動ばく露評価法を参照しながら振動ばく露作業従事者の振動ばく露量のモニターおよび作業管理をしていく上での注意すべき問題点を明らかにした.また,この問題点を克服するための方法の一つとして,手腕振動ばく露の評価に対して人体が吸収する振動エネルギーにもとづいた影響係数曲線を提案した.

振動エネルギーの吸収にもとづいた手腕振動ばく露の評価−加振方向および前腕・肘姿勢の影響の検討−

SRR-No42-5-1
柴田 延幸
 一日当たり(8時間相当)の等価振動ばく露量にもとづいた手腕振動ばく露の健康影響評価方法が我が国の手腕振動ばく露作業の作業管理の手段として導入されたことにともない,同評価方法の根拠となっている等感度曲線にもとづいた周波数補正曲線の問題点である,(1) 多軸加振時の方向依存性および(2) 前腕・肘姿勢の影響を考慮・改善するために,振動エネルギーの吸収(VPA)にもとづいた手腕振動ばく露の人体影響係数の提案およびこれにもとづいた多軸手腕振動ばく露の評価方法の提案と検討を行った.その結果,振動エネルギーの吸収にもとづいて得られた手腕振動ばく露に対する人体影響係数は加振方向依存性を示すこと,前腕姿勢の変化は人体影響係数に大きな影響を及ぼさない一方で肘姿勢は人体影響係数に大きく影響を及ぼすこと,肘屈曲姿勢をとることにより肘伸展時よりも人体影響係数が高い値を呈することが明らかになった.さらに,得られた人体影響係数を用いて,小型かつ軽量でさまざまな腕姿勢での使用が想定される5種類の手持ち振動工具を選び,これらの工具の実測振動波形に対するVPAにもとづいた補正加速度実効値を算出し,ISOによる従来の補正加速度実効値と比較した.その結果,ISOによる手腕振動ばく露の評価方法は,とりわけ肘屈曲姿勢時の振動ばく露量の過少評価およびそれにともなう振動ばく露限界時間の過大評価の可能性があることが示された.

立位・座位姿勢下全身振動ばく露における不快度に関する主観応答−性別および加振方向依存性に関する検討−

SRR-No42-5-2
柴田 延幸
 従来,長時間にわたって全身振動ばく露作業に従事する作業者は男性が多かったため,関連する疫学調査や実験的研究もその大半が男性を対象とし,その結果として確立された現在の全身振動ばく露の人体影響を評価する方法は男性に対するデータを根拠としている.全身振動ばく露が想定される職種への女性就業が増加している現在,女性に対する全身振動ばく露の応答を調べて男性に関するデータと比較検討することは,全身振動ばく露の人体影響の評価方法の現状における適用誤差を把握し,今後その問題を改善していく上で極めて重要である.本研究では,心理物理学的手法を用いて全身振動ばく露に対する不快度を指標とした主観応答の性別差および方向依存性の検討を行った.その結果,立位姿勢の場合,男性と比較して女性は中程度の振動に対しては寛容であり,強い振動に対しては敏感であった.一方,座位姿勢の場合,男性と比較して女性は前後・左右方向の振動に対して一貫して寛容であり,鉛直方向の振動に対しては強い振動に対してのみ敏感であった.方向依存性については性別に関係なく,立位姿勢の場合鉛直方向の振動に敏感であり,座位姿勢の場合前後方向に敏感であった

座位姿勢における全身振動ばく露の生体動力学応答−背もたれ角度と振動スペクトル幅の影響−

SRR-No42-5-3
柴田 延幸
 長期間にわたる着座姿勢による全身振動ばく露は,腰痛,坐骨神経痛,椎間板ヘルニアなどの筋骨格系健康障害の潜在的発症要因のひとつとなり得ることが知られている.将来,我が国においても全身振動ばく露をともなう作業に従事する労働者の作業管理を日当たり全身振動ばく露量にもとづいて行う可能性を鑑み,全身振動ばく露の健康影響を評価する上で問題となる可能性のある着座時の背もたれ角度および振動スペクトルの周波数幅を変化させた時の生体動力学的挙動を実験によって調べた.その結果,人体に吸収される振動パワーに基づいた評価では,背もたれ角度が10°以上30°未満の範囲が腰痛等防止の観点から望ましいことが示された.また,ばく露する振動スペクトルの周波数幅が広い場合,背もたれ角度を10°にすることによってより効果的に吸収される振動パワーを減少させる可能性があることが示された.このことから,全身振動ばく露の原因となる車両の振動スペクトルの周波数幅によって,背もたれ角度を変化させることによる振動による脊柱への動的負荷の軽減には差があることが示唆された.

刊行物・報告書等 研究成果一覧