労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.43 の抄録

  1. 初期放電の検出による静電気火災・爆発災害の予防技術の開発に関する研究
  2. 第三次産業で使用される機械設備の基本安全技術に関する研究
  3. 勤務時間制の多様化等の健康影響に関する研究
  4. オフィス環境に存在する化学物質等の有害因子の健康影響評価に関する研究

No.1 初期放電の検出による静電気火災・爆発災害の予防技術の開発に関する研究

序論

SRR-No43-1-0
冨田一, 山隈瑞樹, 大澤敦, 崔光石, 市川紀充, 最上智史, 鈴木輝夫
 粉体の空気輸送・貯蔵等において発生する静電気放電はしばしば爆発・火災の原因となる.このような災害を 防止するためには対象となる工程における静電気の帯電量を直接的に測定してこれを制御することが重要である が,現実には装置が狭溢であったり密閉されているため,測定器の設置が困難である場合が多い.一方,静電気 放電が生ずると,それに伴って光,音,電磁波等が直射され,これらの強度,持続時間等は静電気放電の形態に よって異なることがわかっている.本研究では,粉体の空気輸送・貯蔵等,可燃性の物質を取り扱う工程で発生 する静電気放電の現象を検出して放電形態を判別し,これをもとに除電器等を用いて静電気の帯電量を制御する ことによって爆発・火災の発生確率を低減する技術を開発することを目的とする.

密閉された金属容器内で発生する災害予兆放電の外部検出の研究

SRR-No43-1-1
市川紀充, 大澤敦, 冨田一
 粉体用サイロやダクト内で粉体を空気輸送すると,粉体の帯電が原因で放電が発生し,火災や爆発災害を引き起こすことがある.その火災や爆発災害を防止するには,例えば導電性のサイロやダクト内で発生する災害予兆放電(コロナ放電)を早期に検出し,空気輸送の速度を下げるなどの防止対策を講じることが必要になる.しかし粉体用サイロやダクトの導電性の容器内で発生する放電を,導電性の容器の外部から検出することは難しい.本研究では,導電性の粉体用サイロやダクト内で発生する放電を容器の外部から検出することを目的として,電力プラントで用いられていた外被電極法を用いて,密閉された金属容器内に発生する負コロナ放電の特性を検討した.本実験の結果,ノイズレベルの低い実験室内では,密閉された金属容器内で発生する負コロナ放電を検出でき,金属容器の大きさや容器に接続された接地電線の長さが放電波形に及ぼす影響を検討することが可能になることが明らかになった.本研究の成果は,密閉された金属容器内で発生するコロナ放電の特徴を捉えるための基礎として役立つと思われる.

過渡設置電圧による静電気放電の検出

SRR-No43-1-2
大澤敦, 市川紀充
 静電気放電(ESD)が発生すると,それに伴い,放電の瞬間に接地電圧が過渡的に変動する.本報告は,産業プロセスで起こるすべての ESD(コロナ放電,火花放電,ブラシ放電,沿面放電およびコーン放電)の過渡接地電圧(TEV)を測定し,TEV が ESD の検出方法として有効であるか調査している.コーン放電では,明確なTEV 信号を測定できなかったが,コロナ放電,火花放電,ブラシ放電および沿面放電では,よく用いられている ESD 検出器(ESD に伴う電磁波検出)が検出できないときでも明確な TEV 信号を測定することができた.さらに,TEV 信号の波形形状が,放電タイプによって異なることから,TEV によってどの放電タイプが起きているのかも同定できることを示した.つまり,TEV による ESD 検出は,放電の可能性だけでなく着火性放電の生起ハザードも同定できるので,事前の静電気リスクアセスメント,特に ESD によるハザード同定に有効である.

粉体の空気輸送中の貯蔵槽内での静電気放電による電圧の測定

SRR-No43-1-3
冨田一
 静電気放電による粉じん爆発災害を予防する対策の一環として,貯蔵槽のような金属容器の内部で発生する静電気放電を検出するために,静電気放電が発生する時にループアンテナに誘導される電圧を主たる検出信号とする実験を行った.実規模の粉体空気輸送装置を用いて,ループアンテナに誘導される電圧と貯蔵槽の電圧とを測定した結果,伝導性の電磁ノイズが存在する電磁環境下においても,静電気放電に伴う誘導電圧を検出可能なことが確認された.連続した粉体の空気輸送に伴う静電気放電による誘導電圧のレベルは突然に大きくなっており,バルク表面放電のように着火性の齢い静電気放電の予兆現象を捉えることは現状では不可能であった.ただし,着火性静電気放電と推定される誘導電圧を検出したときに,除電器を稼働させて帯電粉体を電気的に中和するなど適切な帯電防止策を講じれば,静電気放電に起因する爆発災害の発生確率を低減することは可能であることから,誘導電圧の常時モニターは静電気災害の予防に役立つと考えられる.

不導体からの静電気放電による着火性の検討

SRR-No43-1-4
山隈瑞樹
 帯電した不導体からの放電にはブラシ放電と沿面放電がある.これらの放電の特徴と可燃性物質への着火性をシート状絶縁物を用いて実験的に調べた.ブラシ放電は放電用球電極の直径によって放電開始距離,放電ストリーマの広がりおよび電流波形が異なることを観測した.また,絶縁物の帯電電位によって最大の着火能力を有する球径が異なり,例えば-40 kV で球形 30 mm のとき 0.8 mJ,-60 kV では球形 50 mm のとき 2.4 mJ の火花等価エネルギーが得られた.しかし,粉じんへの着火の能力は確認することができなかった.一方,沿面放電は堆積状態の粉体に着火することが可能であるが,浮遊粉じんの場合と比べて三桁程度大きな放電電荷が必要であった.高速度カメラによる観測では,放電とほぼ同時に放電路に沿って粉じんが舞い上がり,やや遅れて着火し火炎が伝播する様子が確認された.粉体の種類によって着火および非着火時の放電電流波形が明瞭に異なり,着火性の判定に応用できることが示唆された.

可燃性粉じん・空気混合気の最小着火エネルギー測定における放電回路条件の影響

SRR-No43-1-5
山隈瑞樹, 文均太, 崔光石, 鄭載喜
 可燃性粉じん・空気混合気の最小着火エネルギー(MIE)の測定において,着火用のスパークはコンデンサに蓄えた静電エネルギーを電極対で放電させることによって生成する.通常,スパークの着火性を向上させるために 1 mH のインダクタンスを付加することが多い.一方,日本では従来からインダクタンスの代わりに抵抗(100 kQ)を付加することも行われている.本研究では,放電回路の着火性への影響を調べるため,コンデンサのみ(付加なし),インダクタンス付加および抵抗付加の三つの回路条件で,15 種類の試験粉体の最小着火エネルギーを測定した.その結果,1 mH 付加回路での測定値約 10 mJ を関値として,これよりも小さい MIE の粉体では,付加回路なしとインダクタンス付加での MIE はほぼ等しく,抵抗付加ではいくぶん大きくなった.また,10 mJ を超える粉体では,付加回路なし,インダクタンス付加,抵抗付加の順に小さい値となった。高速度カメラによる観測では,スパークによって発生する気流が着火機構に大きな影響を与えていることが確認された.

粉体貯蔵槽での光センサによる静電気放電の検出

SRR-No43-1-6
崔光石, 最上智史, 鈴木輝夫
 粉体空気輸送,貯蔵など大量の粉体を扱う工程の装置においては,帯電した粉体に起因した静電気放電を着火源とする爆発や火災を誘発するおそれがある.このような静電気放電による災害を防止するためには,静電気放電を早期に検出し,安全対策を実施する必要がある.本研究では,粉体貯蔵槽で発生する静電気放電を,簡便,かつ的確に検出可能な光センサを利用した静電気放電検出器を開発した.光センサ型静電気放電検出器は,光センサと光増幅装置を主構成装置とし,光センサ保護用石英ガラス(直径:30 mm,厚み:3 mm),測定環境の外部光を除去するための干渉フィルタ(中心波長 λ が異なる 9 種類:240 nm 〜 600 nm,直径:30 mm,厚み:3 mm)を具備したもので,光信号はオシロスコープなどの表示装置に表示する.実規模粉体空気輸送実験設備の貯蔵槽に本静電気放電検出器を取り付けて静電気放電の検出を試みた結果,適切な干渉フィルタを用いることで太陽光や蛍光灯などのノイズ光の存在する環境下でも,静電気放電を的確に検出できることが確認された.また,本研究では,静電気放電の検出に最適な干渉フィルタの波長は 330 nm であると結論付けた.

小型防爆構造除電器の開発

SRR-No43-1-7
崔光石, 最上智史, 鈴木輝夫, 山隈瑞樹
 可燃性粉体の空気輸送・貯蔵工程等において発生する静電気放電は,爆発・火災の原因となる.このような静電気放電による災害を防止する目的で,2 個のノズルタイプ除電器で構成される小型・高性能の防爆性能を有する除電器 (±10 kVp-p, 28 kHz)を開発した.この開発した小型防爆構造除電器をモデル実験および実規模粉体空気輸送実験設備により性能評価を行った.試料粉体としてポリプロピレンペレットで約 300 kg を使用した.その結果,当該除電器を 4 台使用することで,帯電粉体の電荷を 77%まで除電でき,可燃性粉体への着火性が強いバルク表面放電の発生を抑制する効果があることが確認できた.


No.2 第三次産業で使用される機械設備の基本安全技術に関する研究

序論

SRR-No43-2-0
梅崎重夫, 池田博康, 清水尚憲, 芳司俊郎, 齋藤剛, 岡部康平, 濱島京子, 呂健
 第三次産業で発生する機械災害の実態は,ほとんど解明されていない.そこで,死亡災害と休業4日以上の災害を対象に分析を実施し,設備対策に重点を置いた労働災害防止対策の解明を試みた.その結果,死亡災害は廃棄物処理機械と昇降・搬送用機械で多発しており,これらの機械に重点を置いた基本安全技術の確立が重要と判明した.このうち,廃棄物処理機械に対しては,作業空間が広大で死角が多いという点に着目し,RFID,画像処理,レーザーなどを利用して作業者の存在確認などを行う支援的保護システムを開発した.また,昇降・搬送用機械に対しては,フオークリフ卜を対象に,車体に設置された親機と作業者が保持する子機の間の無線通信を利用して周辺作業者が車体に接近するのを警告する運転支援システムや,レーザーや光などの光学的手段を用いて人体の頭部がヘッドガードの支柱と周囲の壁などに挟まれるのを防止するインターロックシステムを開発した.さらに,機械災害防止対策の理論体系として根拠に基づく安全CEBS:Evidence-Based Safety)理論の開発や,第三次産業を対象とした重点チェックリス卜及び保護方策の手引きの検討を試みた.以上の成果は機械の支援的保護システムを対象とした JIS 規格原案への反映,及び第 12 次労働災害防止計画の重点となる科学的根拠に基づく災害防止対策の確立や第三次産業で使用される災害多発機械C食品機械,コンベヤーなど)の設備対策の高度化に貢献できる.

第三次産業における機械災害防止対策の解明

SRR-No43-2-1
濱島京子, 梅崎重夫
 第三次産業における労働災害は,第三次産業に従事する労働者数の増加等を背景に近年増加傾向にあり,全産業での死傷災害の 4 割を占めている.ところが,第三次産業で使用される機械設備による労働災害の実態は,これまでほとんど明らかにされていない.このため,機械設備に起因する労働災害防止対策への遅れが懸念される.そこで,第三次産業において労働災害が多発している機械設備の機種を明らかにすることを目的に,当該機械設備機種で発生した労働災害を分析し,業種および機種別の災害状況を明らかにした.使用した労働災害データは,厚生労働省が公表している死亡災害,死傷災害および重大災害である.分析の結果,労働災害防止対策の確立へ向けた重点的な取り組みが必要とみられる機種は(1)死亡災害では廃棄物処理機械(ゴミ収集車など)および昇降搬送機械(フォークリフトやエレベータなど),(2)死傷災害では食品加工機械,フォークリフト,コンベア,(3)重大災害では一酸化炭素を発生する可能性のある燃焼機器,であった.また,洗車機,立体駐車場,介護用リフトやゴルフカート等の第三次産業特有の機械設備による災害についても,労働災害防止対策の確立に必要な課題を示した.

廃棄物処理機械を対象とした基本安全技術の検討

SRR-No43-2-2
清水尚憲, 梅崎重夫, 濱島京子
 第三次産業の中でも重篤な労働災害が発生している廃棄物処理工場の多くは,様々な廃棄物処理用の機械が複合的に組み合わされた統合生産システム(IMS: Integrated Manufacturing System)のライン構成となっている.このような統合生産システムでは,様々な保護装置を利用して作業者の安全を確保しているが,中には許容できないリスクが残存している現場もあり,そのことが原因となる労働災害も数多く発生している.本研究では,統合生産システムの広大領域内で複数の作業者が作業を行う際のリスクに対して,筆者らが考案した支援的保護装置を利用したリスク低減戦略を提案する.具体的には, RFタグと画像処理装置(カメラ)を併用した支援的保護装置の有効性を検証するとともに,実際の作業現場において当該システムを適用した場合の利便性や操作性についても検討を行う.

昇降・搬送用機械を対象とした基本安全技術の検討

SRR-No43-2-3
岡部康平, 呂健, 齋藤剛, 齊藤宏之, 芳司俊郎, 池田博康
 第3次産業における昇降・搬送用機械の労働災害を抜本的に防止することを目標とする基本安全技術の提案および実用性の検証結果を示す.災害分析より昇降・搬送用機械の典型災害事例の特徴を明らかにし,災害防止のための技術課題を述べる.そして,それらの技術課題を解消するための保護方策とそれを実現する保護装置等を具体的に述べ,保護方策の実現性を検討した結果を詳述する.検討結果では,問題とする技術課題が既存の技術で解消可能であることを示す.

第三次産業の労働災害防止対策に関する技術基準等の検討

SRR-No43-2-4
梅崎重夫, 濱島京子
 機械による労働災害は,厚生労働省が実施した労働安全衛生法第 28 条の 2 の制定と機械の包括的な安全基準に関する指針の制定などを契機として大幅に減少した.しかし,本研究の実施期間中に日本は東日本大震災の惨禍を経験し,発生確率は低いが重篤度が著しく高いために社会的影響の大きい“タイプB災害”に対する対策や想定外を考慮した対策を再検討せざるを得なかった.そこで,これらの問題に対する試論として,根拠に基づく安全理論(EBS:Evidence-Based Safety)という新たな体系の構築を進めた.本報では,この検討結果を踏まえた上で,第三次産業を対象とした機械の設備対策に重点を置いた技術基準等として,(1)零細企業の経営者や管理・監督者に最小限必要な設備対策を示した重点チェックリスト,(2)一般企業を対象に業種別及び機種別で特に重要な設備対策の具体的方法を示した保護方策の手引き,及び(3)機械の設計・製造者を対象に機械安全技術の基礎を Web 形式で提供する情報提供システムの提案を試みた.

No.3 勤務時間制の多様化等の健康影響に関する研究


序論

SRR-No43-3-0
高橋正也
 勤務時間は近年ますます多様化し,通常の時間帯から移動・拡大している.このような状況では,働き方や休み方が労働者以外(事業所)の裁量によって決められるため,健康,安全,生産性の低下が指摘されている.それに対して,労働者が自らの勤務時間(1日の労働時間や休暇の取得)について決められる範囲(勤務時間の裁量権)が大きいと,健康とワーク・ライフ・バランスに有益であると示されている.この裁量権は健康で安全な労働生活を送る一つの力ギになる可能性がある.本研究では,勤務時間の裁量権の健康および労働生活上の意義について,実験室実験と現場調査から検討した.(1)参加者の裁量で休息をとれることの効果を実験的に検証した.休息の裁量権あり条件は裁量権なし条件と比べ,作業課題の誤反応率が低く,遂行中の交感神経活動は低く維持された.自らの裁量で休息をとれることが作業成績の向上,交感神経活動の緩和を通した身体負担への軽減に有効であることが示唆された.(2)勤務時間の裁量権と勤務スケジュールの不規則性との相互関係を調査した.勤務時間の裁量権が高く,かつ不規則性の低いことは良好な疲労回復,睡眠の質,ワーク・ライフ・バランスと関連した.一方,裁量権が高く,かつ不規則性も高いことはニアミスの増加と関連した.勤務時間に対する裁量が高く,かつ規則的な勤務スケジュールで働くことが健康や安全の向上に重要であると考えられた.(3)追跡期間における勤務時間の裁量権の変化と健康および労働関連指標との関連を労働時間の長さを考慮に入れて検討した.この裁量権が増加または高く維持された日勤者では,長い労働時間であっても,疲労感や精神的不調の減少,ワーク・工ンゲイジメン卜(仕事に関するポジティブな態度)の増加傾向,仕事による私生活の支障の減少が認められた.交代勤務者でも同様であったが,睡眠の改善も認められた.勤務時間の裁量権の増加または高い維持は長時間労働に伴う健康や労働生活上の不利益の低減と関連することが示唆された.(4)勤務時間の裁量権と疲労および睡眠の関連を客観的に検討した.反応時間検査では1年後の裁量権増加群は他群に比して良好であった.勤務時間の裁量権の増加は,中長期的にみて客観的疲労の低減と結びつくことが示唆された.以上,全体をまとめると,勤務時間に対する裁量権を確保することは,労働時間中のみならず,労働時間外においても,疲労,睡眠,ワーク・ライフ・バランスの改善などを通じて,労働者の健康や生活に有利に作用すると考えられた.

精神作業中の休息の裁量権に関する実験的研究

SRR-No43-3-1
劉欣欣, 東郷史治, 高橋正也, 久保智英, 石橋圭太, 岩永光一
 労働者の作業中の心身負担を軽減することは彼らの健康を守る上で重要な課題とされている.本研究では実験室実験により,精神作業中の休息の裁量権(休息の時期を自ら決めて取れるかどうか)による主観的負担,心血管系及び自律神経系への影響を検討することが目的である.31 名の実験参加者は(a)自らの裁量で休息を取得できる裁量権あり条件と(b)休息が a と同じタイミングであるが強制的に休息を取らせる裁量権なし条件に両方とも参加し,作業のパフォーマンス,主観的負担,心血管系と自律神経系の反応を比較した.結果として,裁量権あり条件は裁量権なし条件と比べ,課題の誤反応率が低く,パフォーマンスの向上が認められた.作業による主観的疲労とストレスは時間と共に増加し,条件間の差が認められなかった.心血管系反応において,血圧は条件間の差が認められなかったが,時間経過に伴い上昇し,心血管系の負担増加が示唆された.一方,裁量権あり条件の心拍数はほぼ一定レベルに維持したのに対し.裁量権なし条件の心拍数は時間と共に減少した.さらに心拍変動を解析した結果,裁量権あり条件の作業中の交感神経活動は裁量権なし条件と比べ,有意に低く維持できたことが分かった.これらの結果から,作業の状況や進捗によって作業者が自らの裁量で休息が取れることは作業パフォーマンスの向上,身体負担への軽減に有効である可能性が示された.

労働時間や休暇取得に対する裁量権と勤務スケジュールの不規則性に関する横断調査

SRR-No43-3-2
久保智英, 高橋正也, 劉欣欣, 東郷史治, 田中克俊, 島津明人, 高屋正敏
 情報技術や雇用形態の変化に伴い,労働時間が以前にも増して柔軟でかつ変動的な性質を帯びてきている.最近,特に欧州諸国において,労働者自身が勤務時間や休暇取得に対して裁量を持つことは労働者の健康とポジティブな関連性にあることが指摘され,注目を集めている.しかし,労働者が勤務時間に対して高い裁量を発揮する場合,勤務時間が不規則になり,それによる睡眠の規則性の低下から疲労の長期化,ひいては労働生産性やワーク・ライフ・バランスの低下も一方で懸念される.本研究は,労働者の勤務時間の裁量権と勤務スケジュールの不規則性が疲労の回復,睡眠の質,ワーク・ライフ・バランス,そしてニアミス頻度に与える影響を横断的に質問紙調査によって検討することが目的であった.1,372名の製造業で働く従業員を対象に調査票を配布した(回収率;68.7%).その結果,勤務時間の裁量権が高くてかつ不規則性の低い回答者は,他群に比して疲労回復,睡眠の質,ワーク・ライフ・バランスの指標で有意に良好な傾向を示していた.また,高い裁量権でかつ高い不規則性を示した群は,他群に比べてニアミスが頻繁にみられる傾向が示された.以上のことから,裁量が高くとも規則的な勤務スケジュールで働くことが労働者の健康や安全の向上には重要であることが本研究から示唆された.

勤務時間の裁量権と健康及び労働関連指標に関する追跡調査

SRR-No43-3-3
高橋正也, 久保智英, 劉欣欣, 東郷史治, 田中克俊, 島津明人, 久保善子, 内山鉄朗
 勤務時間の裁量権(Worktime control, WTC)は働き方および休み方をどのくらい自分で決められるかに特化した裁量権である.この WTC は労働者の健康やワーク・ライフ・バランスなど,労働生活に有利であるとして注目されている.今回は半年ごとの追跡調査から,WTC の変化(低→低,低→高,高→低,高→高)と疲労,精神的不調,睡眠不全,仕事による私生活の支障,仕事に関するポジティブな態度(ワーク・エンゲイジメント)との関連を検証した.その際,一回目調査時の労働時間の長さを考慮に入れるとともに,日勤者 1,057 名と交代勤務者 1,091 名とを別々に扱った.日勤者では,週労働 41-50 時間の場合,WTC の増加群は追跡期間中に疲労感が減少し,ワーク・エンゲイジメントは増加する傾向があった.週労働 51-60 時間の場合,WTC の高値維持群は追跡期間中に仕事による私生活の支障が減少した.また,この群はほかの群より,疲労感と精神的不調が低く,ワーク・エンゲイジメントも高かった.一方,交代勤務者では,週労働 1-40 時間の場合,WTC の増加群は追跡期間中に疲労感と睡眠不全が減少した.WTC の高値維持群はほかの群よりワーク・エンゲイジメントが高かった.週労働 41-50 時間の場合,WTC の高値維持群は追跡期間中に睡眠不全が減少した.この群と WTC の増加群はともに,それ以外の群に比べて,仕事による私生活の支障が少なかった.なお,日勤者,交代勤務者とも,WTCの減少群または低値維持群では上記とは概して反対の成績が得られた.これらの結果から,週 60 時間を超えるような長時間の労働はその削減が優先されるとしても,WTC の増加または高い維持は長時間労働に伴う健康や労働生活上の不利益の減少と関連することが示唆された.

勤務時間に対する裁量権の 1 年後の変化からみた労働者の疲労と睡眠の客観評価

SRR-No43-3-4
久保智英, 高橋正也, 劉欣欣, 東郷史治, 田中克俊, 島津明人, 久保善子, 鎌田直樹, 上杉淳子
 本研究では,働く時間や休み方に対して労働者自身がどの程度決定できるかの「勤務時間の裁量権の 1 年後の変化と,労働者の疲労と睡眠の関連性を検討するために 1 年間の縦断調査を実施した.先行研究の多くがアンケート調査に基づく主観評価による知見であるのに対して,本研究では疲労と睡眠の客観評価を試みた.その際, 主観的な訴えではなく他覚的に疲労と睡眠をとらえるため,刺激に対する反応時間の遅れから疲労をとらえる反応時間と,腕時計型睡眠計による活動量のパターンから推定される睡眠を測定指標として用いた.37 名の労働者(平均年齢±標準偏差;41.9±12.8 歳,うち 9 名が女性)を対象に,勤務時間の裁量権が初回調査に比べて増加 した群,低下した群,変わらなかった群の 3 群に分けて,疲労と睡眠の指標を比較・検討した.結果,反応時間検査では 1 年後の増加群は他群に比して統計的に良好な結果が観察された.しかし,睡眠の質の指標である睡眠効率では 3 群間に統計的な差は示されなかった.本研究により,勤務時間の裁量権の増加は,中長期的にみて疲労の低減と結びつく可能性が示唆された.

No.4 オフィス環境に存在する化学物質等の有害因子の健康影響評価に関する研究


序論

SRR-No43-4-0
澤田晋一
 欧米では近代的大型オフィスビルにおけるシックビル症候群(SBS)が問題となり多くの研究が行われてきたが, 日本の大型オフィスビルではそれほど問題が顕在化しておらず,オフィス環境の SBS の実態調査はほとんど行われていない.
 そこで本研究は,SBS の原因となる揮発性有機化合物(VOC),微生物由来の VOC(MVOC)の発生源となるカビ,カビの生育に大きな影響を及ぼす温湿度等,現代オフィス作業環境に潜在する化学的・生物的・物理的有害因子について,その汚染状況の実態と健康障害との関連を解明することを目的として開始された.研究期間内に東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故が発生し全国的規模で節電が要請されたため,そのような時代状況の急変に即応すベく,後半の研究目的を節電がもたらすオフィス環境の労働衛生学的問題,特に夏期と冬期の節電オフィスにおける温熱環境の悪化の実態把握と健康影響の評価に重点化した.いずれの調査研究も,首都圏にある 4〜6 ヶ所の大型オフィスビル内の事業所を対象にして実施した.
 化学的因子については,室内空気中の揮発性有機化合物(VOC)の調査を行ったところ,多くの化合物が検出されないか,検出できたとしてもいずれも低濃度であり,ただちに健康影響のあるレベルではなかった.ただ,事務部門と研究部門の混在するオフィスビル内の化学実験室で悪臭の苦情があったことから,その調査を行い,原因物質の推定と対策案の提供を行った.  生物的因子については,節電要請により高温多湿となることが予想された 2011 年の梅雨期に,浮遊微生物濃度調査と力ビ生育環境調査を温湿度測定と共に実施してその関連性を調ベたところ,真菌・細菌共に特に高い濃度レベルではなく,力ビの生えやすさを示す力ビ指数は殆どの場所で低い値であったが,一部の場所にて比較的高い値を示しており,高温多湿との関連性が示唆された.本調査の結果より,一般的なオフィスビル環境における微生物による影響は比較的可能性が低いことが示されたが,作業場所によって大きく異なることが予測されることから,一定の注意が必要であると考えられた.
物理的因子としての温熱条件については,温湿度測定の結果,冬期の低湿ならびに夏期の高温において事務所衛生基準規則C事務所則)の基準範囲を逸脱する例が散見され,かつ事業所間,フロア間のみならず同一フロア内でのばらつきもみられた.作業者の自覚症状に関するアンケー卜調査では,冬期には呼吸器・皮膚粘膜系の症状が多く見られ,夏期の高温多湿のオフィスにおいては精神・神経系の症状が有意に多く見られる傾向が見られた.また,Predicted Mean Vote(PMV)測定装置を用いて,温湿度のみならず放射温度と風速も含め総合的に温熱環境の快適性を評価したところ,オフィスの温熱環境は部屋の中央部や壁際と窓際とでは大きく異なり,一律的な空調システムでは対応が難しいと考えられた.さらに,そのようなオフィス温熱条件の空間的ばらつきには, 窓際の作業場所の日射による放射温度の上昇が大きく寄与していることが示された.
 今後もオフィスにおける節電要求は継続すると思われることから,節電と健康的温熱環境条件の両立を図るために,また作業者の健康のみならず作業能率や労働生産性に対しても悪影響が出ないように,きめ細かなオフィスの作業環境管理,作業管理,健康管理を行っていく必要がある.

オフィス環境に存在する化学物質の調査

SRR-No43-4-1
萩原正義, 齊藤宏之, 澤田晋一, 安田彰典, 岡龍雄, 田井鉄男, 坂本龍雄, 榎本ヒカル, 加部勇, 幸地勇, 佐藤裕司, 瀧上知恵子, 土肥紘子, 長埜庸子, 門田美子,村上朋子
 近年オフィスビルにおけるシックハウス症候群(SHS)と同様の健康障害がシックビル症候群(SBS)として注目されているが,欧米では SHS より前に SBS が社会問題となったのに対し,我が国ではその症例報告や実態調査は限られている.そこで我々は,我が国におけるオフィス環境の SBS の実態を把握するため,首都圏にある 6 カ所の大型オフィスビル内の事業所で,室内空気中の揮発性有機化合物(VOC)の調査を行った.固体捕集法ーガスクロマトグラフ質量分析法[GC/MS]で VOC 濃度を測定した結果,想定される物質のうち,ベンゼンやトルエンなどの芳香族炭化水素,n-ドデカンや n-トリデカン,n-テトラデカンなどの脂肪族炭化水素が低濃度で 存在したが,多くが定量下限未満であり,ただちに健康影響のあるレベルではなかった.また,化学実験室から悪臭がするという相談を受けたので,その調査を行い,原因物質の推定と対策案の提供を行った.

節電下のオフィス環境における温湿度と微生物

SRR-No43-4-2
齊藤宏之, 澤田晋一, 安田彰典, 岡龍雄, 萩原正義, 田井鉄男, 時澤健, 呂健, 加部勇, 幸地勇, 佐藤裕司, 瀧上知恵子, 土肥紘子
 我が国の梅雨期〜夏期は高温多湿であり,温湿度の問題とともにカビに代表される微生物による汚染が深刻となっている.これらはシックビル症候群の一因として考えられており,オフィス環境においても無視することはできない.今回,我々は梅雨期のオフィス環境における空中浮遊微生物濃度ならびにカビの生えやすさを示すカビ指数を温湿度と共に測定し,その関連性を見た.その結果,空中浮遊微生物は真菌・細菌共に特に高い濃度レベルでは無かったが,場所によってばらつきがみられ,高いところでは屋外と同レベルであった.カビ指数は殆どの場所で低い値であり,今回対象としたようなオフィス環境においてはカビ指数によるカビ生育環境の把握は難しいと思われた.また,アンケート調査にて関係のありそうな自覚症状や環境への訴えを確認した限りではカビに関連する訴えは余り見られなかった一方で,一般的にシックビル症候群の症状とされる呼吸機能系,粘膜系,不定愁訴系の訴えが一定割合で見られた.今回の結果より,一般的なオフィス環境における微生物による影響は比較的可能性が低いと考えられるが,作業場所によって大きく異なることが予測されることから,一定の注意が必要であると考えられる.

節電下のオフィス環境における温湿度と健康影響調査

SRR-No43-4-3
齊藤宏之, 澤田晋一, 安田彰典, 岡龍雄, 萩原正義, 田井鉄男, 時澤健, 坂本龍雄, 榎本ヒカル, 加部勇, 幸地勇, 佐藤裕司, 瀧上知恵子, 土肥紘子, 長埜庸子, 門田美子,村上朋子
 オフィスビルの温湿度対策に関してはかねてより省エネの観点から「クールビズ」運動の推進が行われてきたが,東日本大震災による原発事故後の節電要請により,この問題は一層顕著になってきている.本研究は,節電下のオフィスビルにおける温湿度環境の実態とそれに伴う作業者の健康影響を明らかにし,節電と健康的温熱環境の両立に向けた対策を検討することを目的として,首都圏の大型オフィスビル内の事業所を対象にして温湿度測定ならびにアンケート調査を実施した.温湿度測定の結果,冬期の乾燥ならびに夏期の高温において事務所衛生基準規則(事務所則)の基準範囲を逸脱する例が散見され,且つ事業所間,フロア間のみならず同一フロア内でのばらつきがみられた.アンケート調査では呼吸器,皮膚粘膜系の症状が冬期に多く見られた他,夏期の高温多湿のオフィスにおいて精神・神経系の症状が多く見られた.今後もオフィスにおける節電要求は継続すると思われることから,節電と健康的な温湿度環境保持の両立を図ると共に,健康影響や作業能率への悪影響が出ないよう留意することが求められる.

夏期節電オフィスの温熱環境:PMV 値の測定と評価

SRR-No43-4-4
安田彰典, 齊藤宏之, 澤田晋一, 萩原正義, 岡龍雄, 田井鉄男, 加部勇, 幸地勇, 佐藤裕司, 瀧上知恵子, 土肥紘子
 東日本大震災と福島第一原発事故後の電力需給対策の結果,全国的規模での節電による夏期・冬期のオフィス温熱環境悪化の問題が浮上している.夏期の場合,オフィスの室温は 28℃とするように改めて強く推奨されているが,29℃に引き上げる妥当性も検討されている.そのためには,職場における熱中症予防のための対策を講じることが不可欠であるが,オフィスの温熱環境の把握のための温熱測定においてもまだ精確な基準がない.また同一ビル,フロア内において温熱環境が均一でないという報告もあり,測定方法の検討も必要である.そこで本研究では,単に温湿度のみならず放射温度と風速も含め総合的に温熱環境を測定・評価できる Predicted Mean Vote(PMV)装置を用いて,関東地方のオフィスビルを対象に現場調査を行い,夏期節電下のオフィス温熱環境の実態と問題点をより定量的に明らかにしようとした.
 オフィスの温熱環境は,部屋の中央部と窓際や壁際等とでは大きく異なる可能性が高く,空調をコントロールするための測定場所が重要であり,また一律的な空調システムでは対応が難しいと考えられた.温湿度だけではわからない放射温度や風速も快適度には重要な因子であるため,温熱環境の把握には PMV 装置による測定が有用であると考えられた.また,日の当たる窓際では気温が 30℃を越え,放射温では瞬間 36℃に達する場合もあり,節電による設定温度の上昇が職場の環境を悪化させている可能性も示唆された.

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