労働安全衛生総合研究所

特別研究報告 SRR-No.45 の抄録

  1. 貯槽の保守,ガス溶断による解体等の作業での爆発・火災・中毒災害の防止に関する研究
  2. 労働者の心理社会的ストレスと抑うつ症状との関連及び対策に関する研究
  3. 金属酸化粒子の健康影響に関する研究

No.1 貯槽の保守,ガス溶断による解体等の作業での爆発・火災・中毒災害の防止に関する研究

序論

SRR-No45-1-0
板垣晴彦, 八島正明, 大塚輝人, 水谷高彰, 木村新太, 佐藤嘉彦, 菅野誠一郎
 化学設備の主要な設備の一つであるタンクや貯槽において、爆発・火災・中毒災害がしばしば発生している。このタンクや貯槽での保守作業や解体工事等では、通常操業中には使用することが無いガス溶断作業や切削工具による切断などの作業が行われており、それらの非定常作業中の作業防止は重要な課題である。本プロジェクト研究では、単一技術ではなく、さまざまな観点から戦略的に災害防止に取り組んだ。具体的には、事故事例の調査と分析、労働災害の原因物質自体の危険性データの測定と収集、解体等の作業に使用する機器や設備の問題点の抽出を取り上げてサブテーマを設定して調査研究を実施し、得られた成果を一体の災害防止策としてとりまとめた。

ガス溶断における火花粒子(スパッタ)の飛散

SRR-No45-1-1
八島正明
 本研究では、アセチレン — 酸素のガス溶断で鋼材を切断する際に発生するスパッタについて、発生状況、移動速度、温度、床に落ちて冷えた後の粒子径と密度などを調べた。実験では、一般構造用圧延鋼材SS400で板厚の異なる4種類(6,10,16,22mm)の板を用いた。実験では、再現性の良い切断状況を実現できるように、固定した吹管に対して、切断する板を所定の速度で自動的に移動させて切断できる装置を製作した。主な実験結果は次のとおりである。a)切断高さが1.5mの場合、赤熱したスパッタの見かけの到達距離は3.1mであるが、スパッタは5mを超えて飛散することが考えられること。b)スパッタの移動速度は切断面から離れるに従い大きくなり、10〜50m/sであること。c)スパッタの初期温度は2,200から2,300℃であること。d)スパッタの平均粒子径は1mm以下のものが多いが、板厚とともに大きいものを含むこと。

貯槽内の換気実験と簡易計算図

SRR-No45-1-2
板垣晴彦
 貯槽内での清掃作業や補修工事を行う際には、残留している可燃性あるいは毒性ガスを除去しなくてはならないが、最も効果的な除去策は換気であることが明白である。その際、何時間換気すれば良いかは、諸条件に左右される。そこで、模擬貯槽を用いた換気実験を行い、濃度変化を実測したところ、完全混合置換を仮定した換気の式におおよそ一致することがわかった。そして、この換気の式による推算を現場で手軽に実行できる簡易計算図を考案し、その使用方法と注意点を述べた。

湿ったマグネシウム合金研磨粉の燃焼危険性

SRR-No45-1-3
八島正明
 本研究では、粉じん爆発や火災が多く、被害が重篤になりやすいマグネシウム合金粉について、水や切削油などの液体で湿った場合の粉の燃焼危険性を実験的に調べた。資料としては、3種類(AZ91,AZ31,ZK60)のマグネシウム合金の研磨粉と単一組成のマグネシウム粉を用い、液体の添加率を0〜60%まで変化させた。実験の結果、燃え拡がり速度は水の添加によってかなり大きくなること、水と混ぜてから長時間経過、常温の水で湿式処理した湿った状態もの、あるいは乾燥した状態のものは、1週間経過しても燃焼性を有すること、などがわかった。AZ91の研磨粉で燃え拡がり速度が最も大きくなるのは水の添加率が30%の場合であった。粉がやや湿った場合に爆発的に燃え、火災の被害拡大の危険性が格段に高くなる。

混合液体の引火点の測定

SRR-No45-1-4
水谷高彰, 佐藤嘉彦, 八島正明
 引火点は可燃性液体を安全に取り扱う上で重要な指標の一つである。引火性が危惧される物質は、引火点未満で取り扱うか、着火源を排除しないと爆発・火災の危険性がある。引火点の測定方法はJIS等に定められており、それぞれの測定方法に適応範囲が定められている。純物質や単純な炭化水素混合物(石油蒸留製品など)では、適応範囲で測定していれば、測定方法の違いによる測定結果の差異は小さい。しかし、労働災害調査の結果から、産業廃液などで散見される高粘稠液体に微量の揮発成分が含まれる混合液体や、水で希釈された可燃性液体の場合、測定方法の違いにより測定値が大きく異なる場合があることが分かった。このことは、混合液体の引火点測定において、十分検討せず測定方法を選択した場合、得られた引火点未満でも爆発・火災危険性があることを示す。そこで本研究では、引火点本来の定義である引火性が無くなる温度により近い温度を測定する方法について、その手法の自動化について検討すると共に、廃液状の可燃性液体を測定対象例としてJIS等で定められている引火点測定方法との測定値の差異について考察した。

高性能型熱分析装置による発熱開始温度の測定

SRR-No45-1-5
佐藤嘉彦
 貯槽などに大量に貯蔵された化学物質は、蓄熱しやすく自然発火や暴走反応を生じる可能性があり、貯槽の保守・解体作業時に、内部に存在した残渣などが自然発火や暴走反応を起こしたことによると考えられる災害も少数ながら発生している。そのような残渣は複数の反応や多段の反応が生じるものが多く、従来の危険性評価の試験法では評価が難しいものが多い。そこで、新型の高性能型熱分析装置である示差型断熱熱量計を導入し、その性能を評価するとともに、化学物質の自然発火性の評価への適用性を検討した。


No.2 労働者の心理社会的ストレスと抑うつ症状との関連及び対策に関する研究

序論

SRR-No45-2-0
原谷隆史, 倉林るみい, 井澤修平, 土屋政雄
 労働者の心理社会的ストレスと抑うつ症状との関連及び対策を明らかにすることを目的とした研究を実施した。労働者を対象に自記式質問紙調査を実施し、3,991人の回答を解析した。医療機関を受診していない労働者の抑うつ症状(PHQ-9)の項目別有訴率は4%〜24%であった。新職業性ストレス調査票のストレス要因の得点とPHQ-9得点との関連は、情緒負担、役割葛藤、職場での対人関係、ワーク・セルフ・バランス、安定報酬、尊重報酬等が強かった。PHQ-9は、労働者のメンタルヘルスの評価における妥当性が高く、興味・喜びの喪失、抑うつ気分、睡眠、無価値感・罪責感の4項目が有効であった。職業性ストレス簡易調査票による高ストレス者の選定基準では、簡易版ストレス5段階評価5尺度(抑うつ、疲労、不安、睡眠、食欲)ストレス要因5段階評価4尺度(仕事の量、コントロール、上司の支援、同僚の支援)の特異度、陽性反応的中度が高かった。
 調査状況の違いが抑うつ及びストレス症状の回答に及ぼす影響を2つの調査から推定した。社内の目から独立した状況にある職業内集団として調査会社モニターより製造業の963名、社内の目を意識せざるを得ない状況にある職場内集団として機械系製造業企業の643名を解析対象とした。抑うつ症状は心理社会的ストレス要因を調整後に職場外集団が職場内集団と比べ有意に低かった。すべてのストレス症状得点は2つの調査状況の間で有意差はなかった。パフォーマンスは職場外集団が職場内集団と比べ得点が高く、心理社会的ストレス要因調整後に差が小さくなっていた。本研究は希死念慮を除いた抑うつ症状であれば、ある程度メンタルヘルス対策を推進している事業場においてはむしろ報告されやすい一方で、パフォーマンスは低めに報告され、ストレス症状への回答は調査状況に影響されにくい可能性を明らかにした。
 企業データベースから従業員100人以上の全国の企業12,000社を企業規模別に抽出して郵送調査を実施し、回答のあった3,036社のうち従業員100人以上の有効回答2,952社を解析した。メンタルヘルスケア(心の健康対策)に取り組んでいる企業は63.6%であり、取り組む予定はない企業は10.4%であった。取り組んでいない理由は、専門スタッフがいないが特に多かった。外部機関の活用では、公的機関等の活用は少なかった。メンタルヘルスケアの費用は、企業の社会的責任として必要、従業員の福利厚生として必要との回答が多かった。過去1年間労働者千人あたりの全国推定値はメンタルヘルス上の理由による退職者は2.0人、欠勤を繰り返した労働者は2.4人、連続1ヶ月以上の休職者は3.8人、うつ病による連続1ヶ月以上の休職者は2.0人であった。これらは職場のストレスの強い企業ほどメンタルヘルスの状況が悪かった。
 全国3,001企業の人事労務担当者を対象に質問紙調査を行った。メンタルヘルス不調事例の対応に困ったことがない企業は一割程度であり、企業規模を問わずに大部分の企業が対応に苦慮していた。最近3年間とそれ以前との事例経験の増減では、いわゆる「新型うつ病」によく見られるといわれる特徴を持つ事例と、自閉スペクトラム症に見られる特徴を持つ事例の増加率が高かった。中規模の企業については、人事労務担当者においていわゆる「新型うつ病」の認知度が低く、困難事例への対応方法もわからず、また管理職等へのメンタルヘルス研修も十分ではないことが明らかになった。今後一層のサポート体制が必要と思われた。

労働者の心理社会的ストレスと抑うつに関する質問紙調査

SRR-No45-2-1
原谷隆史, 土屋政雄, 井澤修平, 倉林るみい
 労働者の心理社会的ストレスと抑うつ症状の実態、関連を明らかにすることを目的として、労働者を対象に自記式質問紙調査を実施した。郵送調査協力モニターから民間企業にフルタイム勤務で雇用期間の定めがない一般社員から性・年齢階級別に5,400名を抽出し、2013年3月に調査票を郵送した。男性1,984人、女性2,007人、合計3,991人から回答が得られ、回答率は73.9%であった。
 女性は男性よりも抑うつの平均値が高く、年齢層は若いほど抑うつの平均値が高かった。受診状況別ではうつ病で受診している群は抑うつの平均値が非常に高かった。Patient Health Questionnaire(PHQ-9)の項目別の抑うつ症状の有訴率は、うつ病群では25%〜68%と高く、医療機関を受診していない労働者の抑うつ症状の有訴率は4%〜24%であった。新職業性ストレス調査票のストレス要因とPHQ-9との関連は、情緒的負担、役割葛藤、職場での対人関係、ワーク・セルフ・バランス、安定報酬、尊重報酬等が強かった。
 うつ病および精神疾患の受診状況を陽性反応として、職業性ストレス簡易調査票によるストレスチェックと抑うつ調査票(PHQ-9,CES-D)の受信者動作特性曲線下面積を比較した。職業性ストレス簡易調査票のストレス反応の中では、ストレス反応5段階評価5尺度(抑うつ、疲労、不安、睡眠、食欲)が最高値であった。抑うつ調査票は、職業性ストレス簡易調査票よりも全般に数値が高く、PHQ2項目(興味・喜びの喪失、抑うつ気分)に睡眠と無価値感・罪責感を加えたPHQ4項目が最高値であった。
 職業性ストレス簡易調査票による高ストレス者の選定基準とPHQ-9によるうつ病および精神疾患のスクリーニング指標を比較した。職業性ストレス簡易調査票では、簡易版ストレス反応5段階評価5尺度ストレス要因5段階評価4尺度の特異度、陽性反応的中度が高かった。PHQ-9で12点以上という基準はすべての指標が高く、うつ病診断では、特異度、陽性反応的中度、陰性反応的中度が最高値であった。PHQ4項目で6点以上という基準もPHQ-9と同様に全ての指標が高かった。
 PHQ-9は、労働者のメンタルヘルスの評価における妥当性が高く、興味・喜びの喪失、抑うつ気分、睡眠、無価値感・罪悪感の4項目が有効であった。労働者のストレスやメンタルヘルスの評価では、適切に調査項目を選定することで少数の項目でも有効な評価が可能となる。

調査状況の違いが抑うつ及びストレス症状の回答に及ぼす影響:職場外と職場内の調査の比較

SRR-No45-2-2
土屋政雄, 井澤修平, 倉林るみい, 原谷隆史
目的 職場外と職場内の異なった状況で行われた2つの調査から、労働者の抑うつおよびストレス症状の回答への影響について、心理社会的ストレス要因を考慮して推定する。
方法 職場外の集団として調査会社モニターより製造業の963名の労働者、および職場内の集団としてある機械系製造業企業の643名の社員を解析対象とした。抑うつ症状としてPatient Health Questionnaire-9、新職業性ストレス簡易調査票よりストレス症状として「疲労」「不安」「抑うつ」「食欲不振」「不眠」、心理社会的ストレス要因として「仕事の量」、「コントロール」、「上司の支援」、「同僚の支援」の尺度、パフォーマンスとしてWHO Health and Work Performance Questionnaireの全般的評定の1項目を用いた。
結果 抑うつ症状は心理社会的ストレス要因を調整後に職場外の集団が職場内の集団と比べ0.51点(95%CI -0.95 to -0.07)低かった。ストレス症状は2つの調査状況の間で全て平均値差の95%信頼区間に0を含めていた。パフォーマンスは職場外の集団が職場内の集団と比べ得点が高く、心理社会的ストレス要因調整後に差が小さくなっていた(平均値差0.40, 95%Ci 0.21 to 0.60)。
考察 異質な集団間の比較という限界はあるが、性・年齢、基本的な心理社会的ストレス要因の影響を一定にしたうえで、希死念慮を除いた抑うつ症状であれば、ある程度メンタルヘルス対策を推進している事業場においてはむしろ報告されやすいかもしれない。またストレス症状への回答は調査状況に影響されにくい可能性がある。

職場のストレスとメンタルヘルスに関する全国企業調査

SRR-No45-2-3
原谷隆史, 倉林るみい, 井澤修平, 土屋政雄
 職場のストレスとメンタルヘルスの実態を明らかにすることを目的として、日本全国の企業12,000社を対象に2014年2月に郵送調査を実施した。帝国データバンクの企業データベースから従業員100人以上の全国の企業12,000社を企業規模別に抽出し、有効回答2,952社(有効回答率24.6%)を解析した。
 メンタルヘルスケア(心の健康対策)に取り組んでいる企業は63.6%であり、取り組む予定はない企業は10.4%であった。メンタルヘルスケアに取り組んでいない理由は、専門スタッフがいないが特に多く、取り組み方がわからない、時間がないが多かった。メンタルヘルスケアの内容は、労働者からの相談対応の体制整備、労働者への教育研修・情報提供、管理監督者への教育研修・情報提供が多かった。外部機関の活用では、医療機関、カウンセリング機関等が多く、公的機関等の活用は少なかった。メンタルヘルスケアの効果に肯定的回答は57.2%で、否定的回答は2.7%と少なかった。期待する効果は、労働者の心の健康増進、メンタルヘルス不調の発生予防、メンタルヘルス不調の早期発見、職場の人間関係、コミュニケーションの改善が多かった。続いて、心の病による休職者の職場復帰、再発予防、職場の活性化、メンタルヘルス不調の回復、職場のいじめ、ハラスメントの予防、退職者の減少、病休者の減少、労働災害、事故、事件の予防であり、幅広い効果を期待していた。メンタルヘルスケアの費用は、企業の社会的責任として必要、従業員の福利厚生として必要との回答が多かった。
 メンタルヘルス上の理由による退職者の過去1年間の労働者千人あたりの全国推定値は2.0人、欠勤を繰り返した労働者は2.4人、連続1カ月以上の休職者は3.8人、うつ病による連続1カ月以上の休職者は2.0人であった。これらは職場のストレスの強い企業ほどメンタルヘルスの状況が悪く、職場のストレスが非常に強い企業の普通の企業に対するオッズ比は、退職者2.0、欠勤を繰り返した労働者1.7、連続1カ月以上の休職者1.4、うつ病による連続1ヶ月以上の休職者1.4であった。職場のストレスが強い企業のオッズ比は、退職者1.5、欠勤を繰り返した労働者1.3、連続1カ月以上の休職者1.3、うつ病による連続1カ月以上の休職者1.3であった。
 今後、職場のメンタルヘルスケアを推進するためには、専門スタッフがいない中小企業が簡単にメンタルヘルスケアに取り組めるように公的機関等を含めて多様な支援が重要と考えられる。

うつ病等のメンタルヘルス不調事例に関する企業調査:いわゆる「新型うつ病」の認知度や従業員教育実施に関する企業規模別の比較

SRR-No45-2-4
倉林るみい, 土屋政雄, 井澤修平, 原谷隆史
【目的・方法】いわゆる「新型うつ病」事例が職域で増えて、職場では対応に苦慮しているといわれる。本論文では、職場でのメンタルヘルス不調事例への対応策改善につなげるため、従業員300名以上の全国3001企業の人事労務担当者等を対象に質問紙調査を行った。
【結果】メンタルヘルス不調事例の対応で困難な出来事については、概ね企業規模が大きくなるについて有意に多く経験されていた。「どのように対応したらよいかわからない」と回答した14.1%については企業規模による有意な差はなかった。「困ったことは特にない」企業は10.2%に過ぎなかった。
 いわゆる「新型うつ病」については、企業規模が大きくなるほど認知度が有意に高かった。メンタルヘルス不調事例によくみられる特徴を取り上げたところ、企業規模が大きいほどそれぞれの特徴をもつ事例の経験が有意に多かった。最近3年間とそれ以前との増減をきいたところ、いわゆる「新型うつ病」によく見られるとされる特徴と、自閉スペクトラム症に見られる特徴が、増加の割合が高かった。
 従業員教育では、メンタルヘルス一般に関しては、企業規模が大きくなるほど触れている割合が有意に高かった。しかし、いわゆる「新型うつ病」については、管理職研修・一般職員研修では企業規模につれて有意に多く触れられていたが、一般職員研修での割合は管理職研修に比べかなり少なかった。また、社内報やちらし等による解説では企業規模別の有意な差が認められなかった。
【考察】中規模の企業では、メンタルヘルス経験事例の絶対数が少ないものの、メンタルヘルス事例対応については大企業同様に困難があるものと考えられる。また、大企業に比べて「新型うつ病」に対する認知度が著しく低く、管理職研修など従業員教育で取り上げられている割合も小さく、今後は中規模の企業においてもメンタルヘルス不調への対応策が一層必要と考えられた。

No.3 金属酸化粒子の健康影響に関する研究


序論

SRR-No45-3-0
王瑞生
 二酸化チタン(TiO2)ナノ粒子(NPS)をはじめとする吸入性金属酸化物粒子状物質のリスク評価及びそれに基づく規制・管理は労働衛生上重要な課題である。リスク評価では、懸念される有害性の有無を確認し、また、用量反応性に基づいて「閾値」を判断する。本研究はこの評価および基準値設定にエビデンスを提供することを目的とする。代表的な金属酸化物粒子として発がん性が報告されているTiO2NPSを対象とし、動物実験により、肺や肝臓などの主要臓器における影響を炎症反応と遺伝毒性に焦点をあてて調べる。また、発がん性とともに懸念が示されている生殖器や神経系への影響を確認する。マウスに、NEDO調整法で作成した一次粒径が約21㎚のTiO2NPSを静脈注射または気管内投与したところ、3か月が経過しても肝臓や肺に残留しており、細胞内では細胞質に局在していることが観察された。しかし、これらの組織や骨髄などではDNAの早期損傷や遺伝子突然変異などの遺伝毒性は検出されなかった。一方、NEDO調整法で作成した試料では、脳や生殖器への明確な粒子の移行像を確認することができなかったため、新たに肺胞サーファクタントや生理食塩水での分散・調整法を確立し、さらに蛍光標識を行った。この方法で調整した試料を用いてラットに気管内投与したところ、脳等の組織に粒子の移行像が確認され、また細胞マーカーとの併用で特異細胞への粒子の取り込みを検討することができた。生殖器への影響では、精子運動能や成熟した精子数の有意な減少が検出された。これらの結果は、TiO2NPSは長期にわたって肺や肝臓などの組織に残留するが、遺伝毒性を示さず、精子生成に影響を与えることが判明した。今後、粒子サイズなどによる組織と細胞内動態の違いや特異細胞における影響の解明に期待したい。

毒性実験のためのナノ二酸化チタン(P25)分散液の調整法

SRR-No45-3-1
小林健一, 久保田久代, 北條理恵子, 長谷川也須子, 宮川宗之
 ナノ粒子の分散方法は標準化されたプロトコールに関する知見が少なく、その結果、方法によって不均一かつ不十分な分散粒子を調整している可能性がある。ナノ粒子の毒性実験を行うに当たり溶媒に溶解したナノ粒子を単一の粒径かつ安定した分散性を保った状態の調整が求められる。本研究では粉体試料として、ナノ二酸化チタン(アナターゼ・ルチル結晶相混在型TiO2;P25)を、分散液は5種類の超純水(UPW)、0.2%リン酸水素二ナトリウム水(DSP)、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、生理食塩水(S)および0.05%界面活性剤添加生理食塩水(ST)を対象として各組み合わせの懸濁液を超音波処理・遠心分離によって得られた上澄液を回収し、動的光散乱法による散乱強度分布の測定を実施した。また超音波処理時間および容量の最適条件、長期的な安定性を検討した。その結果から、P25はUPWおよびDSPにおいて平均粒径70-80㎚付近で単一ピークとなる安定的な粒径分布を示した。PBS、SおよびSTについては、ピークが不検出あるいは複数のピークが検出され、良好な粒径分布は得られなかった。超音波処理時間および容量の最適条件については、懸濁液を10㎖ の容量、30分間の超音波処理・遠心分離後の上澄液を用いると、少なくとも90日後に至るまでほぼ一定に安定な粒子径を示すことがわかった。

二酸化チタンナノ粒子を尾静脈投与したマウスにおける遺伝毒性

SRR-No45-3-2
鈴木哲矢, 三浦伸彦, 北條理恵子, 柳場由絵, 須田恵, 長谷川達也, 宮川宗之, 王瑞生
 二酸化チタンナノ粒子(TiO2NPS)は、化粧品、塗料、食品、光触媒など幅広い用途で利用されている。二酸化チタンは本来、毒性が低いと考えられてきたが、ナノサイズ化することにより比表面積が大きくなることで、表面活性が増大し、生体に悪影響を及ぼす可能性が懸念されている。TiO2NPSの遺伝毒性については、in vitro及びin vivoでの研究が盛んに行われているが、その遺伝毒性の結果については意見が分かれている。本稿では、変異原性を調べるためのレポーター遺伝子を導入したトランスジェニックマウスであるgptDeltaマウスに、TiO2NPSを2、10及び50㎎/㎏の投与量で、1回/週、計4回尾静脈投与し、末梢血及び肝臓について各種遺伝毒性の解析を行った。血液については、小核試験及びPig-aアッセイを行い、肝臓については、アルカリコメットアッセイ、gptアッセイ及びSpi-アッセイを行った。赤血球におけるPig-a遺伝子突然変異頻度及び小核を有する網状赤血球の出現頻度はTiO2NPSの投与により変化は見られなかった。また、肝臓においてもDNA損傷性、gpt遺伝子突然変異頻度及びSpi-変異体頻度の有意な増加は見られなかった。これらの結果は、TiO2NPSは、骨髄及び肝臓では遺伝毒性を示さないことを示唆している。

二酸化チタンナノ粒子の気管内投与後のマウス肺における影響

SRR-No45-3-3
北條理恵子, 須田恵, 柳場由絵, 安田彰典, 三浦伸彦, 長谷川達也, 鈴木哲矢, 王瑞生
 二酸化チタン(TiO2)のナノサイズの粒子(NPS)は呼吸器系へのばく露後、肺の急性炎症反応を誘発することが動物実験で観察されている。また、肺に入った粒子は排出や他の臓器への移行があるが、一部は長期にわたって肺にとどまることも知られているため、遺伝毒性や発がん性が懸念されている。本研究では、マウスに0(対照群)、20、100、500㎎のTiO2NPSを気管内投与し、肺組織における遺伝子突然変異及び炎症作用等の影響を調べた。投与3日及び90日後のマウスを解剖し、肺病理観察やTi定量を行った。90日後のマウスについては、右肺から気管支肺胞洗浄液(BALF)を採取し、さらに肺組織におけるgptアッセイ(遺伝子点突然変異)を解析した。投与後のマウスの体重変化や90日後の肺左葉の重量においてはTiO2NPS投与による影響は観察されなかった。BALF解析の結果、検出された白血球(100-180個/µL)のほとんどが単球であったが、群差は見られなかった。肺組織損傷のマーカーとして、BALF中のlactic dehydrogenation enzyme(LDH)、総タンパク量(µ-TP)、tumor necrosis factor(TNF-α)を測定したが、いずれもTiO2NPS投与群と対照群の間に有意な差は認められなかった。gptアッセイの結果、対照群の肺組織において低い変異率が検出されたが、TiO2NPSの各投与群で変異率の上昇は認められなかった。一方、間質性肺炎が100と500㎍ 投与群において散見され、光学および電子顕微鏡では肺組織にTiO2の凝集体が観察された。これらの結果から、気管内投与されたTiO2NPSは、90日経過後も粒子の残留が観察できたが、遺伝子変異は生じていないことが判明した。しかし、軽微な炎症等が90日経過後もみられたことから、より長期の作用を観察する必要があると思われる。

二酸化チタンナノ粒子による脳内アミノ酸・モノアミンへの影響

SRR-No45-3-4
須田恵, 北條理恵子, 三浦伸彦, 鈴木哲矢, 柳場由絵, 長谷川達也, 王瑞生
 二酸化チタン(TiO2)ナノ粒子の中枢神経系への取り込みおよび神経系への影響については、TiO2ナノ粒子の鼻腔内投与による細胞間移行や経母体ばく露により血液脳関門(BBB)形成以前の胎仔の脳内移行と神経伝達への影響を確認している文献はあるが、BBB通過についての情報は乏しい。本研究でBBBの通過と神経伝達系への影響の有無を確認するため、尾静脈注射による脳内アミノ酸濃度と脳内神経伝達物質であるモノアミン濃度について調べた。動物は雄性gpt-Deltaマウスを用いた。NEDOの方法に準拠してTiO2粉末(Aeroxide®P25)を0.2%リン酸水素二ナトリウム(DSP溶液)に懸濁し、超音波で分散し使用した。この分散液を0、2、10、50㎎/㎏の投与量となるようにDSP溶液で希釈して尾静脈より週1回×4週間投与し、4回目の投与後9日と3か月に解剖して脳を取出し、前脳、後脳、中脳、延髄、小脳の5部位に分けてクーロアレイ法とOPA法でモノアミンとアミノ酸を分析した。血液から脳への取り込み率の高いフェニルアラニン(Phe)、チロシン(Tyr)、ロイシン(Leu)、イソロイシン(Ile)の脳内濃度について投与後9日で比較すると、ベンゼン環を有するPheおよびTyrの濃度はすべての部位で投与量依存的に減少したが、分枝鎖アミノ酸であるLeuやIleはほとんど変化がなかった。Tyrを前駆体とするモノアミンのドーパミンやノルエピネフリンは小脳では投与量依存的に減少したが、他の部位ではほとんど影響はなかった。また、投与3か月の場合ではアミノ酸の脳内濃度はほぼ回復していた。また、最終投与後3日後の脳内Ti濃度は高用量群では有意に上昇した。これらの結果から、TiO2ナノ粒子の投与によって、ベンゼン環を有するアミノ酸の取り込みが一時的に阻害されるものの、アミノ酸およびモノアミンの神経伝達系への影響は軽微であることが示唆された。また、一部の部位のみで9日後や3か月後で同じ影響があることから、二酸化チタンがBBBを通過する可能性が示唆された。

二酸化チタンナノ粒子が示す精巣機能障害

SRR-No45-3-5
三浦伸彦, 大谷勝己, 長谷川達也, 北條理恵子, 柳場由絵, 鈴木哲矢, 須田恵, 王瑞生
 二酸化チタンナノ粒子(TiO2NPS)は肝臓や肺などの主要臓器への障害についての報告が散見されるものの、雄性生殖機能への影響に関する情報は乏しい。本研究ではTiO2NPSが精巣機能に与える影響を、マウスを用いて検討した。超音波処理でリン酸二ナトリウム液に分散させたTiO2NPSを、マウスに2または5㎎/㎏体重の投与量で週1回、合計4回尾静脈投与し、最終投与9日後に精巣及び精巣上体尾部を摘出して精巣への影響を解析した。精巣機能の指標としては、精子数及び精子運動能を用いた。なお精子運動能は、全精子中の運動精子数の割合(motile percent:MP)及び運動精子中の良好精子の割合(progressive percent:PP)の2つのパラメーターについて検討した。その結果、TiO2NPSの投与は精巣及び精巣上体尾部ともに精子数を有意に減少させた。また、精巣上体尾部から遊出させた成熟精子の運動能は、MP及びPPの両パラメーターとも有意に低下した。これらの結果からTiO2NPSが精巣機能障害を引き起こす可能性がマウスを用いて示された。

二酸化チタンナノ粒子の中枢神経系への生物学的蓄積性

SRR-No45-3-6
鈴木健一郎, 長谷川也須子, 久保田久代
 現在、ナノマテリアルは多様な用途に用いられており、それらを扱う労働者の健康影響が懸念されている。これまでに、ナノマテリアルの発がん性を中心とした毒性に関する研究は多方面で行われ、その多くでは発がん性が低いとの結果が示された。一方、体内動態学研究では、ナノマテリアルは呼吸器からのばく露によって、身体のあらゆる臓器に移行することが議論されている。しかし、ナノマテリアルの動態ならびにそれに引き続く慢性影響は未解明な点が多い。そのため、労働衛生管理上、ナノマテリアルの体内動態を解明することは重要な課題である。そこで本研究は、特に慢性ばく露が問題となる二酸化チタンナノ粒子の中枢神経系への生物学的蓄積性について検討した。我々は、独自にナノマテリアルの調整方法を開発し、蛍光顕微鏡や電子顕微鏡を用い、二酸化チタンナノ粒子の体内動態を追跡した。その結果、二酸化チタンナノ粒子が空気血液関門を通過して、脳に到達することが明らかとなった。また、細気管支以遠の管腔表面に存在する肺サーファクタントが、二酸化チタンナノ粒子に対して、初期防御機能としての役割を担っている可能性を発見した。我々の研究は、肺胞における空気血液関門の透過性の決定に、ナノマテリアルの表面に吸着する肺サーファクタントが関与することを示唆している。今後、さまざまな特性を有するナノマテリアルに対して、肺内における生体分子の吸着性が明らかとなれば、ナノマテリアルのヒト体内動態の予測のための新たな指標として利用が可能である。さらに、ナノマテリアルの中枢神経系への蓄積がどのような疾患に結びつくか、体内動態を考慮した検討が必要であると思われる。

刊行物・報告書等 研究成果一覧