労働安全衛生総合研究所

労働者の疲労と勤務間インターバル

独立行政法人労働安全衛生総合研究所

1.日本人は疲れているのが当たり前?


 「お疲れ様です」。社会人であれば、日に何度も、この言葉を発しているのではないでしょうか? 本来は、疲れた人を敬い、気遣うための言葉ですが、その使用範囲は非常に広がってきています。たとえば、仲間との親近感を示すものや、「こんにちは」、「さようなら」等の挨拶といったように、とても多くの意味を含んだ使い方をされています。ストレスも同様に私たちの暮らしに密接なかかわりを持った言葉ですが、決して、「おストレス様」と言うことはありません。おそらく、疲労は私たち日本人の価値観に深く関係した言葉で、「疲れていて当たり前」や「忙しくて当然」といった日本人の深層心理を言いあらわした便利な言葉なのではないでしょうか?

2.多様で多義的な労働者の疲労


 そこで、日本人にとって挨拶になるほど、身近な、この疲労という現象。私たちはどれほど、知っているのでしょうか?1つ思考実験をしてみたいと思います。

以下の状況を想像して下さい。
1.あなたは、長距離、走ることを要求されました。はじめの内は、景色など見る余裕もありましたが、徐々に心臓の鼓動が早くなり、呼吸も苦しくなってきています。もう足も上がらないにも関わらず、まだまだ走り続けねばならない状況。
2.あなたは、山のように積み重なった大量の書類を一つ一つ、誤字脱字はないか、間違いはないか、事細かにチェックし続けねばなりません。とても頑張って多くの書類のチェックを終えたにもかかわらず、まだまだ大量の書類が残っています。しかも、自分にとって、全く興味の湧かない書類が。
3.あなたは、夜寝ないで起きていることを要求されました。深夜2時ごろまでは、なんとか起きていられましたが、深夜4時を過ぎるころには、まぶたが重く、今すぐにでも横になりたい。しかし、起き続けていなければいけない状況です。
4.あなたは、風邪を引いて、高い熱、鼻水、咳もひどい状態にあります。薬を飲んで横になっているにもかかわらず、熱がどんどん高くなっていきます。

 いかがでしょうか?それぞれ、異なる状況にも関わらず、皆さんが共通して思い浮かべるのは、疲労した自分なのではないでしょうか? 種明かしをすれば、1番は肉体作業、2番は精神作業、3番は睡眠不足、4番は病気となります。興味深いことに、それぞれ異なる原因にもかかわらず、われわれは共通して疲れを感じるものなのです。また、一言に「疲れた」といっても、その中身には、現状に対する不満や逃避願望、嫌さ、飽き等と、さまざまな意味を含んでいます。

3.疲労の回復とサイコロジカル・ディタッチメント


 上述のように、非常に厄介な性質を含んだ労働者の疲労は、活動(仕事)から離れることにより、基本的には回復に向かう特徴を持っています。大きく分けて、休息、休憩、休日等の労働・生活サイクルの節目において、労働者の疲労は回復するものであると考えられてきました。
 「サイコロジカル・ディタッチメント(Psychological detachment/心理的距離)」という言葉を読者の皆様は耳にしたことはございますか?この言葉は、最近、ドイツのサビーネ・ソネンターグ教授によって主に提唱され、注目を集めている概念です。具体的には、仕事のストレスや疲労の回復には、仕事を終えて、物理的に仕事(職場)から離れるだけでなく、心理的にも仕事から離れることが重要であることを主張した考え方です。


図1 翌日の仕事への不安とその日の深い睡眠の関連性

 図1にこの心理的距離の程度と睡眠の質の関連性を示唆している興味深い研究の結果をお示しします。横軸は翌日への仕事への不安度、縦軸は睡眠脳波で測定した深い睡眠の量(徐波睡眠)を示しています。そうしてみますと、翌日の仕事への不安度が高ければ高いほど、深い睡眠が減ってくる関係が見てとれます。つまり、オフの際に、仕事のことばかり考えていると、同じ休日であっても、疲労が回復されにくくなるので、仕事は仕事、オフはオフというメリハリをもった暮らし方が望ましいというメッセージとして受け取れる知見です。

4.日本人の労働時間は減っているのか?


 では、オフの時間とは裏表である労働時間は、わが国ではどうなっているのでしょうか?他国と比べた場合の日本の労働時間は、年々、労働時間が減少傾向にあり、1990年には年間2,000時間代だったのが、2012年には1,700時間の水準まで下がってきています(国際労働比較2014年度版(労働政策研究・研修機構))。
 しかし、「しかし」なのです。
 それを今度は、別の統計でフルタイムとパートタイム労働者で分けて年間労働時間を推定してみてみると(毎月勤労統計調査 平成27年2月分)、パートタイムの労働者の年間労働時間が1,014時間なのに対して、一般労働者、つまりはフルタイムの労働者のそれは2,002時間で、1990年とほとんど変わらないことが分かります。つまり、わが国の労働時間が総じて減っているように見えているのは、パートタイム労働者の割合が増えたことによるもので、依然として、わが国における長時間労働の問題は消えていないということが分かるかと思います。

5.勤務間インターバル制とは?


 そこで、現在、注目を集めているのがEU諸国で導入されている勤務間インターバル制度です。この制度は、勤務終了後から次の勤務開始時までのインターバル(連続休息時間)を規定するもので、主な内容は、1)24時間につき最低連続11時間の休息を付与すること、2)7日毎に最低連続24時間の休息日を付与すること、3)週の平均労働時間が時間外労働を含めて48時間を超えないことというものです(図2)。現在のわが国における労働時間規制の考え方は、労働時間の長さを規制しています。しかし、上述の毎月勤労統計調査のデータが示すように、長時間労働の抑制にあまり歯止めがかかっていないのが現状です。また、この制度では、直接的に疲労の回復に重要なオフの時間を規定している点で、従来の労働時間規制に比べて、効果が高いものであると考えられます。


図2 勤務間インターバル制度について

6.11時間の勤務間インターバルで守られるものは...


 では、実際に、勤務間インターバルが11時間とは、どのような生活パターンとなるのか、シミュレートしてみたのが図3になります。週5日勤務、1時間の休憩、片道1時間通勤とした場合、それぞれの勤務間インターバルでどのような生活になるのかをみてみました。すると、勤務間インターバルが12時間と11時間では、それぞれ21時退勤、翌日9時出勤、 22時退勤の翌日9時出勤という生活がみえてきます。
 また、それを残業時間からみてみますと、勤務間インターバル12時間で1日4時間、インターバル11時間では1日5時間の残業時間となります。さらに、その残業時間を1カ月でみると、勤務間インターバルが12時間と11時間の場合は、月残業時間がそれぞれ80時間と100時間ということになり、往復の通勤時間を加算すればそれらは更に短くなります。


図3 11時間の勤務間インターバルの生活シミュレーション

 いかがでしょうか?
 冒頭に、勤務間インターバル制度は、従来の過重労働対策に比べて、労働者の疲労の回復に効果的であることが見込まれると申し上げました。それは確かにその通りだと思います。勤務間インターバル制度、それ自体の考え方は素晴らしいと思うのですが、しかし、11時間の勤務間インターバルで守られるもの、それは「過労死ライン」と言われる月残業80時間という最低限度のものであるということがみえてきました。

7.勤務間インターバル制度のその先を考える


 そこで、現在、勤務間インターバル制度の考え方は素晴らしいですが、研究者としては、その先を考えていく必要性があるのだと思います。現在、少なくとも以下の3つの課題があるのではないかと思っています。
 1つは、日勤後と夜勤後といった働く時間帯の要因で、同じ労働時間であったとしても、その後の疲労回復にかかるインターバルの長さが変わってくるのではないかという問題です。例えば、アメリカの商業ドライバーの労働時間に関する規制(Hours of service regulations)を例に挙げると、7〜8日の連続勤務の後、次の連続勤務に入るまでに、少なくとも34時間のインターバルを設けなくてはいけないというものがあります。ワシントン州立大学のVan Dongen教授らのグループでは、2011年にSLEEPという学術雑誌において、日勤後でも夜勤後でも一律に34時間のインターバルでは、とくに夜勤後に疲労回復がなされず、次のシフトに影響することを実験室実験から明らかにしています。しかし、この種の研究は実験室実験で留まっていて、労働現場での調査、あるいはわが国での調査は非常に少ないのが現状です。
 2つ目に、労働負担の性質、とくに心理的ストレスが高い勤務では、そうではない勤務に比べて、勤務間インターバルの長さを変えて設定する必要があるのではないかという問題です。非常にストレスフルな勤務の場合、疲労回復に重要な睡眠を阻害し、慢性的な睡眠不足から、仕事の安全性や能率性の低下や疾病のリスクが高まることが予想されます。したがって、勤務間インターバルという視点から仕事のストレスと睡眠の質の関連性の検討が必要とされています。
 最後に、勤務間インターバルそのもの、つまりはオフの過し方の問題です。現在、インターネット環境が飛躍的に発展し、スマートフォンやパソコン等を用いれば、いつでもどこでも仕事にかかわることができるようになりました。便利な反面、オフの時間に上述のサイコロジカル・ディタッチメントがうまくとれず、さまざまな健康影響が懸念されます。なので、どのようなオフの過し方がよりよい疲労回復をもたらすのかについて明らかにする必要があります。
 労働安全衛生総合研究所(以下、安衛研)では、上記の問いに答えるべく、勤務間インターバルと疲労回復の問題についての研究プロジェクトが現在、進められています。



図4 安衛研における勤務間インターバルと疲労回復の研究プロジェクト

 図4にお示ししたのは、安衛研で行われている研究プロジェクトの概要です。このプロジェクトでは、勤務間インターバルと疲労の回復の関係を「木と森」の2つの視点から明らかにしようとしています。つまり、「木」の視点では、日々の勤務間インターバルと疲労の関係を、1人の対象者を約1カ月間連続して、毎日、調査するタイプの研究です。もう1つの「森」の視点では、大規模人数を3年間追跡調査していくタイプの研究です。とくに、「木」の視点の研究では、日々の疲労度を簡便に測定するためのタブレット端末で作動する「疲労アプリ」を独自に開発し、現在、調査を進めているところです。
 今年で2年目なので、まだ、まとまった成果をお示しするには時間がかかりますが、国内外においても、この種の問題に対して、実証的なアプローチを用いて取り組んでいるのは、私の知る限り、安衛研のみです。どういった知見が出てくるか、非常に興味深い所ですが、知見がまとまってきた時には、さまざまな形でご紹介していきたいと思っています。

8.反ストレス法案という考え方


 では、最後に、勤務間インターバル制度の「その先」として考えられる1つの方向性について述べて筆を置きたいと思います。



図5 勤務時間外での仕事と健康問題

 インターネット環境の発展により、勤務時間外での上司、同僚、顧客等とのコンタクト等がドイツにおいても問題になっているようです。図5は、勤務時間外での仕事と健康の関係を大規模横断調査で調べた最新の知見の結果です。健康指標としては筋骨格系、メンタル、消化器系、循環器系の問題などを含む健康問題の訴えを解析していて、勤務時間外での仕事にかかわる上司等との連絡や、自宅での仕事の頻度が増えれば増える程、健康問題発生の危険度が統計的に高くなることを示しています。この知見は、勤務間インターバルを確保することの重要性とともに、インターバルを確保できたとしても、その中で仕事を行うことは健康維持の観点で望ましくないというメッセージを与えてくれていると思います。とくに、日本人は公と私が曖昧なので、せっかく、インターバルを確保できたとしても、メールやネット等で仕事に拘束されるおそれが大いにあるので、この知見が発するメッセージは、ことさら、私たちにとって重要なものだと思います。
 さらに、同じくドイツで最も人口が多い州、ノルトライン・ヴェストファーレン州では、最近、勤務時間外での仕事に関連した電話や電子メールを禁じる、反ストレス法案(Anti-stress regulations)も検討されています。国際的にみても、ドイツの労働時間は非常に短いのが特徴なので、このような法案が出てくること自体、驚きですが、その背景には勤務時間外での「目に見えない労働時間」が相当数あって、それがこのような法案に結びついているのかもしれません。奇しくも、上述の「サイコロジカル・ディタッチメント」研究もドイツで盛んに行われています。いずれにしても、既に勤務間インターバル制度が普及しているドイツにおいてでさえ、このような法案が出てきていることが何を意味しているのか、われわれは注目しなければなりません。

9.おわりに


 以上、労働者の疲労の特徴と、その対策としての勤務間インターバル制度、そして「その先」についてご紹介してきました。疲労という体験は、日々、私たちの生活とともにあります。決して別れることのできない、少々厄介な人生のパートナーなのかもしれません。だからといって、それは単なるネガティブな状態なのではありません。スポーツやレジャー、自分にとって楽しい出来事の後に感じる疲労は、さわやかで心地の良い体験をもたらし、生活に彩りを与えてくれます。このことは誰しもが共感することなのではないでしょうか。なので、一概に、栄養ドリンク等を多用して疲労に抗うのではなく、疲れた時には自分に向き合い、仕事から離れる工夫や、気晴らしに身体を動かしたり、自分の生活を見つめなおすことこそ、疲労との正しい付き合い方なのではないでしょうか。
 日本人にとって挨拶になるほど、身近なこの疲労を、どう考えて、どう付き合っていくのか、今回のお話が、皆様の疲労を見直し、上手く付き合っていくためのヒントになれば幸いです。

付記:本稿は、第88回日本産業衛生学会にて開催されたシンポジウム「新しい労働時間規制と疲労対策—勤務間インターバル制度に関連して—」の中で、著者が発表した「労働者の疲労回復と勤務間インターバル」の内容を修正・加筆したものです。


(作業条件適応研究グループ 主任研究員 久保智英)

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